バッドエンドでも鬱映画でもない?『秒速5センチメートル』を考察してみた





新海誠監督の3作目となるアニメーション映画『秒速5センチメートル』。文学的と言われる新海節が炸裂している叙情的な内容で、鑑賞後の感想ではかなり評価が分かれる作品です。「鬱映画」「バッドエンドが辛い」という感想がある一方、「心に残る名作」「映像美がヤバい」「儚さがいい」という感想も。あなたはドッチ派!?

観た人によって評価が分かれる『秒速5センチメートル』


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『秒速』は観た人によってかなり評価が分かれる作品です。よく聞かれる低評価をまとめると、「鬱になる」という声を多く聞きます。

みなさん、やはりラストの救われない感がたまらず、鬱になりそうだったということですね。確かに、捉えようによってはそうかもしれません。しかし、一方で作品の深い部分を感じ取れたという方たちは、「救いがある」「心が浄化された」と感想をつぶやいています。

筆者としては、『秒速』は決してバッドエンドでも鬱になるような物語でも無いと思っています。それは何故なのか?『秒速』の魅力をたっぷりとお伝えしたいと思います。

「桜花抄」の感想:電車・手紙・一人語り

まずは、作品の冒頭に描かれている「桜花抄」について感想をお伝えします。ここでキーワードとなるのは、「電車」「手紙」「一人語り」です。

小学校時代の貴樹と明里の絆がハンパない!

「桜花抄」では、お互いに転校生で、学校には居場所が無いと感じている貴樹と明里が描かれています。それゆえに二人はいつも一緒に行動し、図書館で借りる本も一緒、興味がある分野も一緒という、表面的ではない心の繋がりを持ちます。

しかもこの繋がり方がちょっと小学生にしては気持ちが悪いぐらい大人っぽくて、深い深い精神レベルでの繋がりを描いています。この描き方が後々効いてくるわけです。

雪と列車で新海監督の叙情感爆発!

『秒速』といえば、桜の花びらが舞い散る風景を小学生の二人が眺めている後姿が有名ですが、他にもまだまだ名場面がたくさんあります。たとえば、この映画で鍵となっているのが電車。主人公の二人は距離によって引き離されますが、その別れの場面に登場するのが電車なのです。

「桜花抄」の中での最も印象的な電車の使い方を挙げるならば、貴樹が雪の中を電車に乗って明里に会いに行った場面でしょう。ここで雪のために電車がかなり遅れてしまうわけですが、貴樹の一人語り×雪×電車の図が、もうかなり新海監督の叙情文学感を爆発させています。

新海監督は心象風景を実際の場面の背景として描くことが多いようで、まさしくこの場面もその手法を用いています。これを「一人語りが気持ち悪い」と評する方もいますが、そのシーンが心に残ったという方もいます。

貴樹=手紙を無くす 明里=手紙を渡さない なぜ?

貴樹と明里は、転校で離ればなれになってからも文通を続けていました。中1の終わりに貴樹が明里に会いに行くと決断したとき、二人ともお互いへの手紙をしたためて会いに行きますが、貴樹は雪で電車が遅延するというトラブルに見舞われ、道中で書いた手紙を無くしてしまいます。

そして、明里。明里は、貴樹との再会後も書いた手紙を持っていましたが、結局、貴樹には渡さずじまい…。2週間もかけて書いた手紙を渡さない理由とは…やはり、実際に貴樹と会って明里は前を向いて歩く決心が固まったということでしょうか。

小学校卒業からわずか数ヵ月ですが、会わない間に二人の間には隔たりができていたと感じたのだと思います。自分の一部と思えるぐらいに貴樹と同化していた明里ですが、雪原でのキスを経て、貴樹のことを自分とは違う人間なのだということを感じ取ったということではないかと思います。

「コスモナウト」の感想:過去に縛られる男・貴樹v.s.明るい種子島の風景

三部仕立ての『秒速』の中で最も長い尺をとっている「コスモナウト」。しかし、初見での筆者の感想は「コスモナウト…この長さ必要!?」でした。突然、主人公が貴樹から花苗という種子島の女の子に代わり、描写もグンと明るい雰囲気に。この章が意味するものとは何なのかを考えてみました。

過去と対峙し続ける男・貴樹

「コスモナウト」は一見、花苗が主人公のようですが、実は隠れ主人公は貴樹だと思うのです。なぜなら、この章で頑固なまでに貴樹は過去にこだわって生きているからです。「コスモナウト」は尺が長いんです。つまり…膨大な時間を貴樹は過去に捕らわれて生きてきたということ。ちょっと背筋が寒くなりませんか?この長さが最終章に効いてくると思うんです。

種子島の風景が超絶美しい

「コスモナウト」では主人公・花苗がサーフィンをする場面がよく描かれています。その海の描写や、種子島の風景、さらにロケットが打ち上げられた後の空の軌跡など、新海監督ならではの超絶美しい風景描写が堪能できます。

こういった描写を入れた理由。それは、人間がいくらもがき苦しんでいたとしても、風景は変わらず凛としてそこにあるし、それらは私たちの心をぐっとつかんで離さず、また感動さえさせる力を持っているということを伝えたかったからではないでしょうか。

苦しい心理状態の二人と、この美しい風景の対比が見事で、だからこそ切なくなるんですね。

『秒速5センチメートル』の感想:ラストは鬱展開!? 評価が分かれる!

表題作となっている「秒速5センチメートル」はラストにおさめられています。ちなみに全63分の中でわずか14分ほどという短さ。でも実はここが一番重要な章。「桜花抄」「コスモナウト」で描かれた二人の想いが集約されます。

貴樹はクズなのか?

『秒速』の評価で多いのは、「貴樹がクズ」というもの。Twitterでも呟かれまくってます。

まあ、そうなんです。確かに貴樹はクズです。でも、これがイイんです!

唐突ですが、実際、どれだけの人が積極的に自らの人生を選び取るような生き方ができていると思いますか?ほとんどの人は、常に迷い、過去にすがり、今を何となく生きているのではないでしょうか?貴樹の生き方は、そのまま私たちの生き方を見せられているような気がします。それゆえに、深い共感を覚えますし、まるで自分のことのように感じるのです。

果たしてこれはバッドエンドなのか?

ラストがバッドエンドすぎると話題になった『秒速』。果たして、本当にこれはバッドエンドなんでしょうか?

ラスト、貴樹と明里は完全に同じ道を歩けないということが示唆されます。山崎まさよしの『One more time, One more chance』も「このタイミングか~!!」という絶妙のタイミングで流れはじめ、「ああ、この二人は完全に無理なんだ」ということが実感として迫ってきます。

しかし、私は決してバッドエンドではないと思います。踏切で電車が過ぎ去った後、明里の姿がないことを確認した貴樹が再び歩き出す、その表情に貴樹のこれからが示唆されていると感じるからです。

『秒速』は鬱映画ではなく救いの映画だ!

『秒速』のことを鬱映画とかバッドエンドが辛いとかいう方もいらっしゃいますが、それはちょっと違うように思えます。新海監督作品は、文学的とよく言われますが、小説などでは自分のペースでゆっくりと読むことができ、理解も深まりますが、アニメーションの場合、思考を待たずして場面展開が訪れるため、初見ではなかなか理解が及ばない部分があります。

と、偉そうに書いている私自身も、初見では違う意味で衝撃を受けてしまい、まさしく『秒速』に対して「鬱映画」判定を下しました。しかし、『君の名は。』のヒットを受け、「もう一度見直してみよう」と思い立って観たところ、全く違う主張を映画から感じたのです。

『秒速』は救いの映画です。観ていると心がスッと浄化されていくような心地よさを感じる力を持つ映画です。初見で「鬱映画」と思った方も、ぜひもう一度鑑賞されることをお勧めします!

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2017-02-25

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