北野武監督の人気シリーズの最終作『アウトレイジ 最終章』が公開されました!エンターテイメント性の高い今シリーズですが、北野武が抱いている「自殺願望」や、芸人としてのビートたけしの経歴との共通点なども絡めながら、今作を読み解いていきます。
北野武監督『アウトレイジ』シリーズ
悪人集結!痛快ヤクザエンターテインメント!
北野武監督は初期作で日本映画界を震撼させ、監督7作目の『HANA-BI』がヴェネチア国際映画祭にて金獅子賞を獲得したことによって「世界のキタノ」と呼ばれるまで昇りつめます。しかし、2000年代は映画監督としてはスランプ気味の状態で、自分の内省的な作品が続いていました。
しかし、2010年に公開された『アウトレイジ』は、スランプを微塵も感じさせない痛快エンターテインメント作品になっています。関東を支配する「山王会」を舞台に、その傘下の「大友組」、「村瀬組」、「池元組」の抗争を描いたヤクザ映画で、直前までの内省的な作風とは打って変わってエンターテイメントに徹した作品になりました。続編である『アウトレイジ ビヨンド』でもエンターテイメント性は更に拡大し、今シリーズは近年のヤクザ映画の代表的な存在になっています。特に「バカヤロー」などの罵倒表現は今シリーズを象徴するフレーズにもなりました。
日本を代表する「悪人」キャストたち!
主役の大友を演じるビートたけしを筆頭に、超豪華キャストが勢揃いしているのも今シリーズの魅力。名キャラクターを挙げるとするならば、加瀬亮演じる頭脳派ヤクザの石原、中野英雄演じる人情系ヤクザの木村、西田敏行と塩見三省演じる関西の花菱会の西野と中田コンビ、そして小日向文世演じるマル暴の片岡など、ここでは名前を挙げきれないほど魅力的なキャラクターに溢れたシリーズでもあります。特に、『ビヨンド』で見せた大友・木村と西野・中田の罵倒合戦は今シリーズ屈指の名場面でもあります。
そして、『アウトレイジ 最終章』では、これまでのキャラに引き続き(死んでしまったキャラの方が多いですが)、韓国系のフィクサー、張グループも抗争に入り、世界観はますます広がります。張グループの会長を演じる金田時男は役者ではなく、本業は「統一日報」の会長を務める実業家の人です。
本作の特徴とラストシーンを考察
『ソナチネ』との共通点は?
今作の冒頭シーンを観て北野ファンなら誰もが思い浮かべるのが映画『ソナチネ』でしょう。海辺に向かうトラック、そして太刀魚はまさに、『ソナチネ』の海岸の場面と冒頭のナポレオンフィッシュを彷彿とさせます。
『ソナチネ』との共通点として、主人公の大友が、『ソナチネ』の村川と似てどこか達観した雰囲気を持っていることです。今作の大友は『ソナチネ』の村川と同一人物と言っても過言ではありません。更に言えば、大友と村川は北野武本人でもあります。
アウトレイジ最終章よかった人は同じく北野武監督の初期作ソナチネが近い作風でアウトレイジ最終章へのセルフオマージュもたくさんあって芸術度も高い(けど寂しさや観る人選ぶ感も三割増)から観ろよコノヤロー!
— たゆ (@tsukinoura01) October 15, 2017
『アウトレイジ 最終章』素晴らしかったです。観たら誰もが『ソナチネ』を思い浮かべるかもしれない。大友の持つ虚無感とケツの拭き方に通じるものがある。
— 猫やにゃぎ (@9696_34ro) October 15, 2017
映画のラストは北野武の持つ自殺願望と重なる
今作の大友は映画のラスト、まさに最終章と言うように、けじめとして拳銃で自殺します。これは『ソナチネ』の村川とも重なり、そして北野武自身が持つ自殺願望とも重なります。
北野武の自伝エッセイ『全思考』の中で、彼は大学生時代に何も出来ないまま死んでいくことを恐れて生きており、その「死への恐怖」を克服するために、ある種の自殺として大学を辞めることを選びました。母親が稼いで捻出した学費を使って4年生にまでなってのことです。北野武はその時にこれまで持っていた「死への恐怖」は無くなり、以降「自殺」というものに魅入られていきます。
アウトレイジの最終章は、とにかく「たけしさんってひとは、やっぱり、自殺したくてしかたのないひとなんだろうなあ」という印象を残した。
大森南朋はまだまだ老けなくていい意味で小僧で羨ましい。— 高瀬 隆宏 (@la_taka) October 13, 2017
アウトレイジ最終章。
北野武の原点回帰であり集大成みたいな映画だった。
初期のヤクザ物の傑作「ソナチネ」のセルフオマージュもそうだけど。
自殺ってのはずーっと続いているテーマ。
今回はそれを自分の手で終わらせたってのは幕引きを自分でしたいってことなのかも。— 作者さん (@sakusya_san) October 8, 2017
大友と村川が持つ達観した雰囲気とは?
今作の大友と『ソナチネ』の村川に通じる達観した雰囲気は、芸人として頂点を極めたビートたけしの心情とも重なります。ビートたけしは浅草の先輩芸人たちから「お前さえいなければ」とよく言われるそうです。
そして、自身も芸人として頂点を極めたその陰で何万人もの芸人を蹴落としてきた、ということを自覚しています。「生きることは殺すこと」と『全思考』の中で語っていますが、これと同様に、大友と村川もこれまで散々敵を殺してきたということを自覚した上での達観視点ということです。
北野武の人生との重なりについて
北野作品に頻出する「2人組」はお笑いコンビをモチーフにしている?
北野作品では若い男性の2人組が頻出します。『ソナチネ』の良二とケン、『キッズ・リターン』のミヤワキとタカギ、今シリーズでも『ビヨンド』に嶋と小野というチンピラコンビが登場します。これらはお笑いにおける漫才コンビを意識しており、北野武がこれまで出会ってきたコンビがモチーフになっていると考えられます。
浅草の演芸場で人生を賭けた挑戦をし、そして開花することなく散っていった若き芸人たちを、ビートたけしは自身の作品に込めているようにも考えられます。そう考えると、今シリーズの花菱会の西野と中田のコンビは、現在の関西のお笑いを支配しているダウンタウンをモチーフにしているのかもしれません。
今シリーズと北野武の人生を重ねると…?
今シリーズを、ビートたけしの芸人としての経歴と合わせて考えてみると、共通点が浮かび上がってきます。一作目の『アウトレイジ』は浅草フランス座での貧乏芸人時代のたけしではないでしょうか。劇中で池内から大友が破門されるのと同様に、この時代のたけしは師匠である深見千三郎から破門を言い渡されています。
『ビヨンド』では、昔の敵であった木村とコンビを組んで山王会を崩壊させていきますが、兼子二郎(後のビートきよし)とツービートを結成し、漫才ブームの中、まさに破竹の勢いでお笑い界を昇りつめた時代と重なります。
そして漫才ブームが去り、単独での活躍にシフトして、完全にお笑い界の頂点に立った時代が今作『アウトレイジ 最終章』と重なるのではないでしょうか。関西勢力も蹴散らした大友は自分がお世話になった張会長に迷惑をかけないために自殺します。
張会長という人物は北野武が幼いころにお世話になった人たちの象徴とも言える人物です。『全思考』の中で、死ぬまでに恩のある人には恩を返したい、ということを北野武は語っており、張会長、または自分がこれまでお世話になった人たちへ迷惑をかけないように、けじめという意味での恩返しをするという思いもこめて、これまで魅せられてきた「自殺」を実行するのです。
今作以降の北野作品はどうなる!?
北野武作品は作風の振れ幅が広く、『アウトレイジ』のような突き抜けたエンターテイメント作品から、内省的で難解な作品まで様々なのですが、時代によって波があるのが特徴的です。
ちょうど『アウトレイジ』がこれまでの内省的なテンションから抜け出した作品で、『ビヨンド』でエンターテイメント性が頂点に達し、今作が少し内省気味にもなっている辺りに、次回作は今シリーズのような痛快な作品ではなさそうな気がします。劇中で「自殺」したタイミングで考えると、次は『キッズ・リターン』的な爽やか系の作品になりそうかも…?
映画『アウトレイジ 最終章』の個人的総評と感想
良かった点
- 今作のような、暴力を描くことに対する「けじめ」をつけるあたりに、北野武の誠実さが滲み出ていると感じました。生放送をすっぽかしたりしていたけど、この人やっぱり根はとても真面目な人だな、と感じます。
- 前作に引き続き、西田敏行演じる西野は良かったです。若干の衰えは感じるものの、ずる賢い狸のようなキャラクターはお見事で、今作の主人公とも言えるような活躍ぶりでした。
- 張会長演じる金田時男の「ガチ感」は半端じゃなかったです。パッと見ただけで「この人、ガチじゃん!」と思える大胆なキャスティングは北野武という巨匠監督ならではだと思います。
悪かった点
- エンターテインメントとしての『アウトレイジ』シリーズが好きな人は、がっかりする作品ではあると思います。「けじめ」としての締めくくり作品だと思うので、これまでの2作と比較すると、バイオレンスシーンは比較的に控えめでした。
- ヤクザをそそのかす役割だった片岡が前作で殺されたために、映画の推進力が落ちている感じがありました。絶対的な権力者である張会長がいないと成り立たないストーリーなので、これまで登場してきたヤクザが急に弱そうなキャラになってしまったのはシリーズのファンとして残念でした。
- 中田役の塩見三省が脳出血の後遺症を患いながらもの出演とあって、前作とは全く違うキャラにせざるを得なかったのは残念です。キャラ変更するにしても、セリフの少ない役回りにして、寡黙だが未だに力はありそうなキャラにするという方向に変えてほしかったです。
100点満点中75点!
前作と比べると若干の物足りなさは感じるものの、しっかりと楽しませてくれて、なおかつけじめもつけた、シリーズの最終章と呼ぶに相応しい作品でした。今の日本では稀なヤクザエンターテインメントシリーズが終わってしまうのは寂しいですが、北野武の次回作にも期待しています!