全世界注目のクリストファー・ノーラン監督の最新作『ダンケルク』が日本公開されました!今回はノーラン監督の映画に対するこだわりなど、映画『ダンケルク』の注目ポイントと、今作にも影響を与えた近年のアクション映画のトレンドについても解説していきます。
CG無しの戦争映画『ダンケルク』
クリストファー・ノーラン監督のこだわりとは?
クリストファー・ノーランと言えば、『ダークナイト』、『インセプション』、『インターステラー』などを生み出した、現在のハリウッドを代表するヒットメーカーですが、彼には映画作りに対して、CGを全く使用しないというこだわりを持っていることで知られています。『ダークナイト』では取り壊しが決まっていた病院を実際に爆破し、『インセプション』では列車にタイヤをつけて道路を走らせ、『インターステラー』もSF映画というジャンルにも関わらずCGはあまり用いられていません。
そんな、現在のハリウッドにおける異質的な存在でありながらも、常に映画界の中心にいるノーラン監督が送り出した最新作は、第二次世界大戦中のフランス、ダンケルクにおける「ダイナモ作戦」を描いています。ドイツ軍によって包囲された四十万人ものイギリス・フランス軍のサバイバルを、臨場感溢れる映像で観客が体感する映画になっています。
戦闘機などを本物で撮影!
今作の注目ポイントとして挙げられているのは、戦闘機や戦艦などを出来るだけ本物を使って撮影している、という点です。本作に登場するイギリス空軍の戦闘機「スピットファイア」などをレンタルで借り、登場する台数を極力減らすことでCGを使用しなくても済むようにしました。また、何十万人もいるようにいるように見えるダンケルクの海岸の兵士たちも段ボールを使って兵士に見立てています。
全てにおいて徹底的にアナログ的な手法を用いているため、映画のスケールや迫力からするとビッグバジェット映画に見えますが、実はかなり製作費が抑えられた映画にもなっています。同じノーラン監督作品の『ダークナイト ライジング』と比較しても、半額以下まで製作費は抑えられています。
『ダンケルク』観た。「これCGだな」といちいち考えさせない、いや少しは使ってんのか…現実に飛んでる戦闘機をカメラが追ったりと、以前の映画の正常さを思い出させる。作り手の制御されたものすべてが画面に反映されるのが映画である、という思い上がりに抗する姿勢は決して懐古趣味ではない。
— 中原昌也 (@masayanakahara) September 10, 2017
ダンケルク観ました。
航空機がCGじゃなくてほぼ実写だったのがすげぇってなりました。
ちなみにちょっとだけ出てきたブレニム爆撃機は博物館で保存されてる本物らしい。— 草よしか (@1423hadohou) September 15, 2017
アナログならではの撮影秘話!?
ノーラン監督は撮影手法にもこだわっており、デジタルカメラは使用せず絶対にフィルム撮影で映画を作ります。今作はIMAXカメラという、大きなフィルムを使用するカメラを用いて撮影されたのですが、舞台が海となる場面が多くいため実際にカメラを水の中に沈めて撮影する場面もいくつかありました。
しかし、カメラを保護する箱が壊れてカメラとフィルムが完全に水没してしまうというアクシデントが発生。なんとか、水没したフィルムを取り出してダメ元で現像してみると、なんと無事に現像することが出来て、そのフィルムの映像は本編でも使用されました。デジタルカメラであれば絶対に映像のデータが破壊されていたことでしょう。
ノーラン作品に頻出するテーマとは?
「CGを使わない=リアル」ではない?
「ノーランはCGを使用しない」ということを聞くと、リアリズム的な映画を撮る監督のように思えてしまいますが、ノーラン作品はその様なことは全くありません。むしろ、彼の作品は抽象的な概念をテーマとしていることが多いのです。これは矛盾しているように思えますが、現代劇と能を比較してみると分かりやすいと思います。
現代劇には舞台セットや衣装、具体的な小道具や現代的なセリフなど、現実の我々の世界をそっくりそのまま表現できる演出手法が揃っています。しかし、能はそのような手法の選択肢は無く、限られた手法の中で感情や空間、時間などの抽象的なものを表現していきます。何かを表現するときに、その表現の手法が限られれば限られるほど抽象的な方向に進む、というのは映画や演劇だけではなく、音楽、絵画、文学などあらゆる表現において当てはまります。
インターステラーを見て、改めてノーランは抽象的なものを視覚化・映像化するのがうまいと思った。インセプションの深層心理しかり、今回の五次元しかり。
— おいなり (@marvin_aa) December 11, 2014
ノーラン監督は建築家のように、多層な世界を映画の中に構築する。抽象的な概念を良くエンターテイメントに落とし込んでいる。もしかしたら押井守のような映画を目指したのかもしれないが、良い意味でも悪い意味でもそれとは違う。以上、それっぽい感想
— datch's pict books (@datttch) August 6, 2010
過去作に頻出する「時間」の描き方
CGを使用しないが故に抽象的な概念を表現してきたノーランですが、特に「時間」という概念の表現は彼の作品に頻出しています。
ノーランが注目を浴びた作品『メメント』はまさに主人公が「時間」を遡っていく映画でした。『インセプション』では、夢の階層の深くに潜るたびに、現実よりも長く時間が流れていきます。そして前作『インターステラー』は、アインシュタインが唱えた相対性理論に則って、重力の違う惑星にいることによって地球よりも時間の流れが早くなってしまう場面がありましたし、ラストの展開もまさに時間を超えて親子が繋がるという話になっていました。
「時間」という目に見えないものを映画に取り込んできたノーランですが、『ダンケルク』でも「時間」は重要な要素になっています。
映画『ダンケルク』が意識した映画とは?
緊迫感を煽る時計の音の演出!
今作の特徴として、映画全編に渡って「カチ、カチ、カチ、…」と、時計の秒針の音が流れているということが挙げられます。
今作は、ダンケルク海岸での兵士たちのサバイバル、兵士の救出に向かう民間の船、ドイツ軍の爆撃機に対抗するためのイギリス軍戦闘機、の3つの視点で構成されていますが、これら3つの場面の登場人物たちは常に「時間」と戦っています。
ダンケルクの兵士たちは救出までの一週間必死に生き残ろうとし、民間の船と戦闘機のパイロットは急いでダンケルクへ向かいます。今作は単なる戦争映画というよりは、「時間」との戦いを描いた作品であり、救出が間に合うのかどうかの緊張感を映画の原動力とした、サスペンス映画になっている、と言えるでしょう。
アクションとストーリーが融合した映画とは?
今作では登場人物たちの会話は少なく、目の前の物事に対するアクションによってストーリーが進行していきます。この様な、アクションとストーリーが直結した作りの映画として、最近の作品では『アポカリプト』や『ザ・レイド』などが挙げられますが、この作りの映画の決定版となったのは、今作にも出演しているトム・ハーディが主演した2015年公開の大傑作映画『マッドマックス 怒りのデスロード』でしょう。
『マッドマックス 怒りのデスロード』では、セリフは極力そぎ落とされ、「追う、追われる」のアクションのみでストーリー、キャラクターの内面と関係性、重厚なテーマなどの映画的な深みを語ってしまった映画でした。
今作は、これらのようなアクションとストーリーが直結した作りを、戦争を舞台に置き換えて作り上げた作品であり、それゆえ観客が目の前のアクションに没入しやすい「体感する」作品になっています。考えながら観る映画というよりは、ライド感を楽しむアトラクションのような映画、と言っても良いでしょう。
英雄譚としての『ダンケルク』
しかし、ただ楽しむだけの映画になっているだけではありません。今作が3つの視点に分かれており、様々な立場の人々が英雄的な活躍をしている姿を描くことを通して、ある種の英雄譚としても今作は描かれています。
視点がバラバラになってしまう分、没入感は損なわれてしまいますが、それ以上にノーランとしてはダンケルクの英雄たちについての映画にしたかった、ということが伝わってきます。今作で描かれる「ダイナモ作戦」は撤退作戦であり負け戦です。生還した兵士たちでさえ、戦いに負けてしまったことを恥ずかしいと感じているのですが、イギリス国民は兵士たちの帰還に熱狂的に歓喜します。
今作の登場人物たちには名前が無い人物が多く、セリフが少ないことから、その人物の内面が浮かび上がってこないのですが、これはノーランの意図したことで、この映画をダンケルクの撤退作戦に関わった全ての人に捧げる作品にしたかったためです。
この撤退作戦には多くの民間人も関わっており、ナチスを倒すために挙国一致して戦うという意識を高めるきっかけにもなりました。ダンケルクの撤退作戦は、まさに「勝利のための撤退」だったのです。
映画『ダンケルク』の個人的総評と感想
良かった点
- CGではない本物の戦闘機や戦艦を使用した映像の迫力はさすがでした。CGを使わないからこそ、「このシーンはどんな工夫をして撮影したのだろうか」など考えながら楽しめる作品でもありました。
- ハンス・ジマーによる重低音の効いた音響効果の「圧力」も見事でした。IMAXで鑑賞することが出来て良かったです。
悪かった点
- 『ハクソー・リッジ』などの戦争映画を観た後だと、今作の戦争描写は生ぬるく感じました。個人的には戦争の恐怖をもっと感じさせてほしかったです。
- 3つの視点から描いたために、視点が切り替わるたびにせっかくのライド感が切れてしまう部分があったのは残念でした。アトラクション的な構成と、複数の視点による構成の食い合わせは悪いようにも感じます。
100点満点中80点!
グロテスクな戦争描写が苦手な人でも楽しめるアトラクション的な戦争映画になっており、大ヒットするのも納得の作品でした。映画全体の「圧力」を楽しむ映画ですのでIMAXシアターでの鑑賞をオススメします!