欧米で大きな論争を巻き起こした映画『エル ELLE』が日本でも公開されました。主人公の行動に対して賛否が分かれている今作ですが、この映画が描いている現代の問題を、監督であるヴァーホーヴェンの過去作と合わせて解説していきます。
賛否両論の問題作が日本上陸!
名監督が放つ衝撃の問題作!
2017年8月、欧米中に議論を巻き起こした一本の映画が日本で公開されました。その映画の名前は『エル ELLE』。世界的な映画監督ポール・ヴァーホーヴェンの作品です。
この映画は、主人公であるミシェルが在宅中に何者かに襲われてレイプされる、というショッキングな場面から始まります。しかし、レイプされた後から見せる主人公の行動が、普通の女性がとる行動とはかけ離れていることが大きな話題となりました。
主人公の行動に賛否両論!
劇中での設定は50歳ほどの年齢の主人公ミシェルですが、そんな年齢には見えないほどの美貌の持ち主です。まさに「美魔女」を体現しているような女性なのですが、彼女は冒頭のレイプの後、散らかされた部屋を片付け、風呂に入り、何事もなかったかのように寿司の出前を注文して、後からやってきた自分の息子と共に寿司を食べ始めます。レイプされた時に出来た傷を息子が発見して心配しますが、淡々とした表情で「自転車で転んだ」と返します。
レイプされたことをミシェルが全く気にしていないような様子が大きな論争を巻き起こし、「レイプされた後にこんな行動を取る女性はいない、「主人公のミシェルに共感できない」などの批判的な意見も挙がりました。しかし、監督のヴァーホーヴェンは「共感される主人公」を撮ろうとするつもりは全く無かったと言っています。
今作の監督ポール・ヴァーホーヴェンとは?
数々の名作を生み出した世界的巨匠!
オランダ人監督のポール・ヴァーホーヴェンと言えば、『ロボコップ』や『トータル・リコール』、『スターシップ・トゥルーパーズ』などが有名な映画監督です。彼の作品は世界中の映画ファンから常に高い支持を得ており、彼がオランダからハリウッドに進出するきっかけとなったのは、オランダ時代の彼の作品のファンだったスティーブン・スピルバーグの進言があったためでした。
ハリウッドでも名作を撮り続けていましたが、何作かの興行的失敗を経て彼はハリウッドを後にします。しかし、オランダで製作した起死回生の映画『ブラックブック』が高い評価を得て、彼は名声を取り戻します。今作『エル ELLE』はハリウッドで撮影する予定でしたが、キャスティングが難航し、主演のイザベル・ユペールに合わせてフランスで撮影されました。
不謹慎なギャグ満載のコメディ映画作家!?
彼の作品の特徴を挙げるとするならば、残酷な場面でもギャグとして成り立たせてしまうようなブラックユーモアな雰囲気というものが挙げられます。『スターシップ・トゥルーパーズ』では、昆虫型宇宙生物に襲われた人間の体がバラバラになっていくのですが、完全にギャグとして描いています。
映画『インビジブル』では主人公のセバスチャンが自身の研究で透明人間になってしまうのですが、透明になった彼が行うのはストーカー、痴漢、レイプとどうしようもない行動ばかりで、欲望がむき出しになった男性の情けなさをブラックに描いています。主演が一流俳優のケビン・ベーコンなのに、透明になったせいで顔が全く見えないところも含めてジョークになっています。
今作『エル ELLE』でも、レイプされた後に寿司の出前で「ホリデー巻き」を頼んだり、レイプ犯の疑いのある自分の部下の股間をチェックしたり、と映画全編に渡ってブラックな笑いが頻出します。
彼の作品に頻出する「強い女性」
『インビジブル』のセバスチャンの様な、性に対して情けない男性とは対照的に、自分の性を利用して生き延びていく強い女性がヴァーホーヴェン映画には頻出します。『グレート・ウォーリアーズ 欲望の剣』のアグネス姫は中世末期という時代の中で傭兵に捕らえられますが、自分の性を武器にして生き残っていきます。『氷の微笑』のキャサリンは殺人事件の容疑者として取り調べを受けている際の「足の組みかえ」シーンが有名です。そして第二次世界大戦が舞台の映画『ブラックブック』の主人公ラヘルは、ユダヤ人の恨みを晴らすために、スパイとなってナチスの将校と関係を結びます。
この流れで言えば、『エル ELLE』の主人公ミシェルは、レイプされても男性に屈するどころか逆に攻めていく姿勢を貫いていますが、これもヴァーホーヴェンらしい「強い女性」の描き方と完全に一致します。
史上最強の「共感されない」ヒロイン!?
美魔女パワー全開!主演は60代の名女優・イザベル・ユペール
今作の主人公ミシェルを演じたのはフランスを代表する名女優イザベル・ユペールです。彼女は今作の撮影の時点ではなんと62歳(!?)でした。今作では過激なシーンがあるために主演探しが難航しているところで彼女が出演を快諾しました。
劇中のミシェルは、ゲーム会社の社長として男性社員たちに強烈なダメ出しをして、同僚の夫とは不倫をし、息子が恋人と暮らすための家賃を払い、自分の元夫の新しい恋人には嫌がらせをして、そして向かいの家の夫婦の夫とも関係を結ぼうとするという、経済的にも自立しているアグレッシブな女性です。
そんな彼女がレイプの被害を受けた後、避けたかったのは「被害者」の扱いを受けることでした。元夫や友人たちとの会食中、自分がレイプを受けたことを告白し、みんなから心配された時に「言うんじゃなかった」と彼女は言います。周囲から哀れみや慰めを受けることをミシェルは徹底して嫌い、被害者にならないために再びレイプ犯が来るときに備えて武器を購入し、疑わしい男性には探りを入れていきます。
『エル ELLE』を観ました。ロクでもない人間しか登場しない映画。自宅でレイプされた女性が警察に頼らず1人で犯人捜索。彼女の大胆不敵な行動は凄まじく、誰もついて行けない境地に到達する。60歳を超えてなおセクシーで、過激な役に挑戦する名女優イザベル・ユペール恐るべし。オススメです!
— 鈴木 護修 (@sujimben) August 27, 2017
これまで見たフランス映画でもフランス女性は皆あんな感じなので、今回のヒロインに特別な感じはありません。。 イザベルが素敵💗すぎて、彼女の振舞いや話し方にただただ見いってしまった #エル
— ぅもぅ (@umow3000) August 27, 2017
「セカンドレイプ」とは?
ミシェルが「被害者」扱いされたくない理由として警察を信用していない、ということが挙げられます。彼女の父親は39年前に児童連続殺人を起こし、娘であるミシェルもろともメディアに晒されて、事件が過ぎ去った今でもミシェルは殺人犯の娘であるとして街中で嫌がらせを受けます。
殺人事件のある意味「被害者」であるミシェルが事件後も苦しみ続けるというのは、レイプ被害者の女性がその後の過程で「セカンドレイプ」によって苦しめられる、という構図と重なります。
セカンドレイプとは、レイプ被害を告白したことによって警察での取り調べでその時の詳細を細かく説明しなければならなかったり、「被害を受ける理由があったのではないか?」「被害を受けた女性の言動とは思えない」などの中傷を受けるなど、被害女性が二次的に苦痛を被ることを指します。
現代の映画における「共感」のあり方とは?
今作において、主人公がレイプ後に非常に冷静だったことに憤る観客もいたようですが、その反応自体が「被害女性はこのように行動すべき」というステレオタイプな偏見に囚われておりセカンドレイプに繋がっていく反応です。
一般的な映画では、レイプされた後に女性が泣きながらシャワーを浴びるという「レイプシャワー」シーンというものがお決まりのシーンとしてありますが、この様な典型的な行動パターンをどんな女性でも起こす、という観客の偏見に対して、ヴァーホーヴェン監督はミシェルという「共感されない」主人公によって揺さぶりをかけているのです。
昨今の映画では観客が登場人物たちに「共感」できるかどうかが重要とされておりますが、ヴァーホーヴェン監督は観客が安易に登場人物に「共感」してしまうのは観客の「思考停止」に繋がると考えています。「共感できない」主人公だからこそ、どうして彼女があの様な行動を起こしたのかを観客自身が考えることが重要なのです。
「エル」つまりその主人公(強姦被害者)に対する「共感しづらさ」こそが、一般的なレイプ告発ものでは生温いとヴァーホーベンが判断し用いた手法であり肝である訳だけど、そうしたゲームの駒となるミシェルもかなり意図的に「感情表現」が抑制されているので、ここに戸惑う人も結構いる様な気がする。
— 濁山ディグ太郎 (@DiRRKDiGGLER) August 29, 2017
「エル」レイプされても警察に届けないのはそれ相応の理由があった~日本だとお涙頂戴になりそうなんだけどならないんだよね
— amari- (@AmariShoji) August 30, 2017
ミシェルは男性とどう向き合うのか?
映画を通して、ミシェルは獄中の父とどのように向き合うべきか葛藤します。この父は彼女にとって男性を象徴する存在として登場します。最初は写真を見ることも嫌がっていたミシェルでしたが、彼の死後、ようやく面と向かって父の顔を見ることが出来ます。
ミシェルはレイプ犯の正体を突き止めることに成功したのですが、正体は向かいの家の夫婦の夫であり、劇中ではミシェルと関係が深まっていく相手でした。そしてミシェルはその後も彼との普段の関係をそのまま続けて行くのです。
一般的には理解出来ない行動かもしれませんが、彼女にとっては自分の利益になると考えた結果であり、そして今後も彼女はこの様に周囲の男性を自分の魅力でコントロールしながら、たくましく生きていくのです。
映画『エル』の個人的総評と感想
良かった点
- 主演のイザベル・ユペールの誰もが認める美しさと、彼女が見せる「攻めの姿勢」が痛快でした。彼女が、灰皿でレイプ犯を逆に殴り殺す、という妄想をして思わず笑みを浮かべるシーンがミシェルという女性を上手く捉えた場面で良かったです。
- 映画全体がブラックな笑いで溢れていたところが良かったです。特に、ミシェルの息子ヴァンサンのポンコツぶりが最高で、恋人が産んだ赤ちゃんがどう見ても黒人とのハーフであることに気づかずに素直に喜んでいる場面は最高にブラックで笑えました。
悪かった点
- 「悪かった点」ではないのですが、賛否が分かれやすい映画ではあります。観る側の好みでかなり評価が分かれる作品であることは間違いないです。
- せっかくミシェルがレイプ対策用に手斧を購入し、射撃場でマグナムをぶっぱなしていいたので、それらを実際に使う、というシーンも見てみたかった気持ちもあります。
100点満点中85点!
現代社会における女性の問題を痛快に描いた映画ですので、劇場公開されている今観賞することに意味がある作品です。ポール・ヴァーホーヴェン作品の新たな傑作でした!