TVアニメ化以降再評価された『ジョジョの奇妙な冒険 第1部』。すべての始まりであるこの物語の軸となるのが、主人公ジョナサン・ジョースターとディオ・ブランド―の関係です。2人の青春を描いた第1部を通して、名言とともに2人の奇妙な関係を追ってみます。
記事の目次
ふたりでひとりの運命…ジョナサンとディオの奇妙な友情
第1部のテーマは2人の青春と絡み合う運命
「ディオ…君の言うように
ぼくらはやはり ふたりでひとりだったのかもしれないな
奇妙な友情すら感じるよ…
そして 今
二人の運命は完全にひとつになった…」出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第3巻288ページ
第1部完結間際のジョナサンのモノローグです。『ジョジョ』シリーズは各部のラストで主に主人公の台詞という形で、物語のテーマが語られるようになっています。第1部においてはこの台詞こそがそのテーマであり、2人の関係の結論といえます。
『ジョジョ』は“人間賛歌”がテーマだとされていますが、おそらくそれは、苦境に立ち向かう人間の勇気と成長のこと。襲い来る苦境も運命ならば、それを勇気で乗り越えて切り開くのも運命。第1部で登場してからジョースターの一族の前に立ちはだかり続けるディオは、後に「時を止める」力を得たことからも、まさに襲い来る運命の象徴だと考えることができます。
ディオという“運命”に最初に立ち向かったジョナサン・ジョースター。彼がディオに対し奇妙な友情を感じるまでの物語を、2人を対比しつつ考察します。
少年期|ディオとの出会いとジョナサンの成長
貴族の息子・ジョナサンと貧民街育ちのディオの対比
「いいか! ジョジョ
最初に言っておく!
これから君の家にやっかいになるからといって
ぼくにイバったりするなよな
ぼくは一番が好きだ ナンバー1だ!
誰だろうと僕の前でイバらせはしないッ!」出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第1巻41ページ
『ジョジョの奇妙な冒険 第1部』の主人公であるジョナサン・ジョースターは、イギリスの地方貴族ジョースター家のひとり息子。ディオ・ブランド―はロンドンの貧民街でクズのような父親と2人暮らし。母親がいないという共通点以外は正反対ともいえる同い年の少年は、ディオが父の遺言に従ってジョースター家に養子として迎えられることで、初めて出会います。そのときのディオの先制攻撃ともいえる台詞です。
立派な紳士を目指す公明正大かつ温厚なジョナサンは、ジョースター家を乗っ取るためにやって来たディオにとって、最初の標的となった邪魔者でした。甘ちゃんだったジョナサンは何においてもディオに敗北感を植え付けられ、愛犬を焼かれる、恋人のエリナの唇を奪われるといったやり口で、ジョジョに追い詰められていくのです。初対面から長い間、2人の関係はすべてにおいて、苦しい幼少期を味わったディオの圧勝でした。
ジョナサンの爆発力!「君が泣くまで殴るのをやめないッ!」
「君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!」
出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第1巻102ページ
温厚なジョナサンはずっとディオに狡猾なやり口で追い詰められるばかりでしたが、愛するエリナの名誉のため、初めてディオに立ち向かった時の台詞です。スポーツ以外で人を殴るなど、温厚なジョナサンには異例のことです。彼がそれほどの激情を駆り立てられたのは、生涯通してもディオに対してのみだったのではないでしょうか。ジョナサンはディオの高圧的で自分勝手な振る舞いによって、ある種の強さを手に入れたのです。
一方ディオは、ジョナサンの宣言通り涙を流し、彼の爆発力を認めると同時に自分の欠点を反省します。つまりこの敗北は、彼にとっても成長の糧となったのでした。実際この時点までのディオのやり口は、少女漫画の悪役さながらの、カリスマには程遠い下卑たものでした。
ジョナサンが自分の爆発力を知り、追い詰めるだけでは逆効果だとディオが認識したことによって、2人はこの後大学時代まで、少なくとも表向きは良きライバルとなります。
学生時代|ディオの陰謀とジョナサンの覚悟
ディオ=純粋な悪「こいつは生まれついての悪だッ!」
「こんな悪には出会ったことがねえほどなァ―――
環境で悪人になっただと? ちがうねッ!!
こいつは生まれついての悪だッ!」出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第1巻238ページ
父を救いたいというジョナサンのまっすぐな心根と覚悟に感銘を受けたスピードワゴンが、彼に付き添って屋敷で初めて対面したディオに言い放った台詞。つい直前の「ゲロ以下のにおいがプンプンする」というパワーワードが取りざたされがちですが、後半のディオ評こそ的を射た名言です。
クズの父親を毒殺したのは情状酌量の余地がありました。甘ったれのお坊ちゃんを出し抜いて財産を手に入れようとするのも、貧しい幼少期のせいだといわれれば理解できる範囲の悪事です。しかしその後何年間も世話になった恩人に感謝するどころか毒を盛るというのは、彼の心根がある意味まっすぐに根差した悪だという証明ではないでしょうか。「No.1が好きだ」というかつての価値観も微塵も変わらず、ディオは表面的なやり方を変えただけで、依然純粋な悪なのです。
ジョナサンの守る覚悟「ぼくには指4本など失ってもいい理由がある!」
「ぼくには指4本など失ってもいい理由がある!
それは父を守るため!
ジョースター家を守るため!
君らとは闘う「動機」の格が違うんだ!」出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第1巻186ページ
「ぼくは……父のためにここに来た……
(中略)
君の父親が悲しむことはしたくないッ!」出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第1巻200ページ
根本的には変化も成長もしていないディオに対し、ジョナサンはディオと出会ってからの7年間で大きく成長していました。紳士としての心構えも、それを実行に移す強さも兼ね備えた男になったのです。
その力を周りの人間に示したのは、ディオによる父ジョージ・ジョースターの毒殺計画を知った時でした。ディオの陰謀を阻止すべく使用人に指示を出し、自分は毒薬の出所を探りに食屍鬼街へ行くジョナサン。そこで追いはぎ目的に襲い掛かってきた一団の首領スピードワゴンに、勇気をもって真っ向から立ち向かい紳士としての思いやりすら見せた台詞が、上記です。
その姿にスピードワゴンは感銘を受け、ジョナサンの死後も一族を見守る頼れる仲間となりました。またのちに波紋の師匠となるツェペリとの出会いも、彼の勇気が引き寄せた運命だといえるでしょう。ジョナサンはディオという試練を乗り越え、運命を切り開いたのです。
吸血鬼ディオ 対 波紋戦士ジョナサン
「人間をやめる」ことで力を増幅させたディオ
「俺は人間をやめるぞ! ジョジョーーーッ!!」
出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第1巻243ページ
おそらく幼少期からの7年間をディオは雌伏の時と思っていたのでしょうが、彼が陰で計画を進めるうちにジョナサンは大きく成長しました。ディオはかつて少年たちのカリスマでしたが、実行力と勇気を手に入れたジョナサンは、広い人間関係を育んだようです。そんな中、養父の毒殺計画もバレてしまい、ディオは一気に窮地に陥ります。
そこで彼が再びNo.1に立つためにとった方法は、石仮面を被り吸血鬼となって人間を超えた力を持つことでした。生来の成り上がり志向もその一因ではありますが、彼が確たる根拠のない方法をとったのは、ジョナサンの成長によって逆に追い詰められたことが大きいでしょう。新しい一歩を踏み出したのも勇気! ディオに人間を超越する勇気を与えたのは、ジョナサンでした。
愛と勇気の波紋戦士ジョナサン
「ジョナサン…この俺の剣に刻んである
この言葉をおまえに捧げよう!
Luck!(幸運を)
そして君の未来へこれを持って行けッ!
PLUCK(勇気をッ!)」出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第3巻12ページ
ディオは吸血鬼の力で屍生人どもを遣わし、ジョナサンは勇気と正義をもってそれらと闘い抜きます。屍生人の1人であるブラフォードに対しては、生前の高潔な魂を取り戻させ安らかな眠りにつかせました。ブラフォードがジョナサンに深く感謝をし、ジョナサンに愛剣とともに送ったのが上記の台詞です。
力で屍生人を従えるディオに対し、あくまでジョナサンは人間として、愛ともいえる大きな優しさをもって絆を築いていくという対比。波紋の力は相手の波紋を打ち消す力だといいますが、まさにジョナサンはその教え通りに、ディオとは正反対のやり方で彼に対峙したのです。
最期|すべてを懸けた決着!青春の終わり
ジョナサンにとってディオは青春
「それは 彼の青春はディオとの青春でもあったからさ!
だがな! 俺は大いに笑うぜッ!」出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第3巻228ページ
ついにディオを倒したジョナサンの目には、涙がありました。その理由を語ったスピードワゴンの台詞ですが、この人はどうしてこんなに人物評が的確なのでしょうか。
ジョナサンにとってディオは憎き敵でしたが、同時に青春時代を共に過ごした唯一の相手でもあります。初めて殴りたいほどの衝動を覚えたのも、父や一族を守る強い決意を固めさせたのもディオでした。そのディオを、すべてを懸けて倒したのですから、彼の胸には万感の思いが去来しているはずです。
2人の出会いから別れまでを振り返ると、本当にいろんなことがあったと、そしてようやくすべてに決着がついたと深く実感させられます。
ディオが唯一尊敬した敵ジョナサン
「ジョジョへの侮辱はゆるさんぞ!
彼はこのディオをこんな姿まで追い込んだ人間…
尊敬の念をもって苦しみを与えずすみやかにヤツの首を切断しろ!」出典:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版第3巻265ページ
ディオは首だけになり、ジョナサンの肉体を奪って復活しようと考えました。自分以外の命をもてあそび、利用してきたこれまでのディオからは考えられない台詞です。後にも先にも、ディオがこの時以外に敵を認めたことは一度もありません。
ジョナサンにとってディオが唯一無二の特別な存在であると同時に、ディオにとってのジョナサンもまたそうであることがわかります。しかもジョナサンのような人間的な情を抜きにして、ディオは彼に尊敬の念を抱いたのです。
そして2人の運命は完全にひとつになり、海の底に沈みます。力は同等の2人ですが、作者・荒木飛呂彦の考え方で言えば、覚悟して大事なものを助けるために死を選んだジョナサンこそが勝ったといえるでしょう。
ジョナサンとディオの関係とは
ジョジョの奇妙な冒険第1部ファントムブラッド総集編 1(出典:Amazon)
アニメでディオを演じた声優・子安武人は、番組のラジオで語りました。「ジョジョ(ジョナサン)の人生が充実したものになったのはディオのおかげだ」と。確かにディオが現れなくては、ジョナサンは甘いお坊ちゃんのままだったかもしれないし、ディオを倒すという確固たる目的を持てたからこそ、彼は強くなれました。
しかし逆に、ディオも、ジョナサンに出会わなければ石仮面をかぶって人間を超越することもなかったし、敵を尊敬するという満ち足りた感情を得ることもなかったはずです。そしておそらく、100年後に復活してジョースター家と再び戦うこともなかったでしょう。ジョナサンとディオの出会いは、決して切り離せない運命であり、すべての始まりなのです。