伊坂幸太郎の人気小説『アヒルと鴨のコインロッカー』を中村義洋監督により映像化した今作は、原作ファンも唸らせるほどの仕上がりになっています。原作の根底にあるものはそのままに、しかし映画ならではの表現方法で感動を与えてくれます。今回はそんな今作を、感想を交えつつ考察したいと思います。
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映像化不可能と言われていた小説『アヒルと鴨のコインロッカー』
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映像技術が発達し、映画の表現の幅が広がった現代においても、「映像化不可能」と言われる小説は数多くあります。それは映像的な意味ではなく、文章でしか成立しない・表現できないものがあるからです。今作『アヒルと鴨のコインロッカー』も、伏線や仕掛けが巧妙で、原作者自身が「この作品を映画にするのは極めて難しいと思っていた」と語ったほどです。
ではなぜ、今作は映像化に成功したのか。それは、中村義洋監督の、小説が持つ世界観を映像に昇華させる腕が群を抜いて高いからだと考えています。伊坂幸太郎作品の映像化をこれまで何度か行ってきた中村監督ですが、その中で初めて挑んだ作品が今作でした。監督業とともに脚本も務めた中村監督は、原作が持つ世界観や根底にある哲学をしっかりと把握し、それを見事に映像として表現しているように感じます。
原作モノの映像化に際して、なまじの出来ではすぐに批判の対象となる昨今、ここまで原作ファンを納得させる完成度を見せてくれる監督は多くはない気がします。
単なる派手などんでん返しでは終わらせない、不思議な魅力を持った今作に、より興味を持っていただけたら幸いです。
ネタバレ注意!ラストに待つ“どんでん返し”と“悲しい真実”
独特の雰囲気とスピードで進む物語の先にある“どんでん返し”
どんでん返しといえば、それまで観客が持っていた考えや予測からは想像もできないような方向に物語が進んでいくことを言い、サスペンスやミステリーといったジャンルでよく使われています。これまで多くの作品で使われてきたため、目の肥えた観客は結末がすぐに分かって飽きてしまうという欠点もあるこの手法ですが、今作も恐らくどんでん返しのくくりに入るのではないでしょうか。
しかしこの『アヒルと鴨のコインロッカー』、他の作品とは違うものを感じます。登場人物たちや画面全体から醸し出される独特の雰囲気といい、ミステリーでは珍しいゆる~く進む物語のスピードといい、中盤まで何の物語なのかがハッキリと分からず、その全様が掴めません。しかしだからと言って飽きるわけでもなく、その不思議な魅力にズイズイと引き込まれていきます。
そして今作を語るうえで欠かせないどんでん返しの部分。「ボブ・ディランは神様」「隣の隣のブータン人」「広辞苑を盗むために本屋を襲撃」「ペットショップの店長には気をつけろ」といったキーワードが伏線となり、それまでのスピード感を保ったまま終盤にかけて畳みかけるような展開が待っています。冒頭からの雰囲気を保ちつつ、冒頭とは全く違う印象を与えるストーリー構成には本当に驚かされました。
青春群像劇の側面を見せる物語の中にある“悲しい真実”
今作はどんでん返しの部分に注目が集まりがちですが、青春群像劇の側面も見どころです。大学進学にあわせて仙台のアパートに越した椎名(濱田岳)と謎めいた隣人・河崎(瑛太)の間に友情が芽生え、迷いを抱えていた二人がそれぞれの道を見いだしていく様が、ミステリー要素とうまく絡んでいます。
隣の隣に住むブータン人の話を聞かされ、彼のために本屋を襲撃して広辞苑を盗むという意味不明な計画に加担させられる椎名。しかし、物語が進むにつれ、河崎の正体と真の目的が明らかになっていきます。河崎の隣の隣、つまり自分の隣の住人がブータン人だと思い込んでいた椎名ですが、最後に明かされたのは、「隣(椎名)の隣(折り返して河崎)」という、河崎の正体が実は恋人を失ったブータン人・ドルジであったという真実。そして本屋を襲撃したのは、恋人を殺した人物を拉致して復讐を果たすためという真実。「ペットショップの店長には気をつけろ」というドルジの忠告も、真実を知る彼女と椎名を接触させないためでした。
真実を知ってもなおその関係性が変わることのない二人の間には不思議な空気感があり、ドルジの悲しい真実だけでなく、二人のこの関係性にも涙腺が緩みます。そして椎名は実家に戻り、ドルジは何かを決意してそれぞれの道へと踏み出します。ラスト、犬を助けるために車道に飛び出たドルジがどうなってしまったかは分かりませんが、あのシーンにもドルジの変わらない優しさが溢れていて良かったです。
監督がこだわったロケ地と意外なキャスト陣も見どころ
ロケ地に注目!小説にも出てくる仙台市が物語の舞台
伊坂幸太郎の居住地であり、彼の作品の舞台になることが多い仙台市。今作でも、原作同様、仙台市が舞台になっています。映画やドラマでは予算やスケジュールの都合上、舞台になっている地域とは別の場所やスタジオでの撮影が行われることが多いようですが、今作ではほとんどのシーンが仙台市内もしくはその周辺で撮影されています。これは中村監督のロケ地に対するこだわりではないでしょうか。
歩坂町、愛宕神社、仙台市八木山動物公園、高柳公園付近高架下、東北学院大学泉キャンパス、そして仙台駅。重要なシーンはほぼ仙台市内で撮影。特に愛宕神社は、「ここから見た景色は本当に素晴らしい」と中村監督が絶賛したといい、仙台市をロケ地にする決め手にもなったそうです。もしかすると、そういったロケ地も今作が持つ独特の雰囲気や、原作ファンも納得させる作風に影響を与えているのかもしれません。
作品の世界観を徹底させるためにも撮影場所は観客が思っている以上に大切なのかもしれません。それを踏まえた上か否かは分かりませんが、中村監督のこだわりには脱帽するばかりです。
岡田将生も出演していた!今観ると面白いキャスティング
伊坂幸太郎原作×中村義洋監督作品の常連の濱田岳や、当時は若手に分類されていた瑛太にまだほんのりと初々しさが残っているのも観ていてほっこりしますが、今観ると面白い、意外なキャスティングや「あ、この人も出てたんだ」なキャスティングも小さな見所だったりします。
琴美(関めぐみ)を殺してしまいドルジに拉致された本屋の息子・江尻役には、最近は都市伝説の第一人者のような存在となったハローバイバイの関暁夫。どのようなきっかけでキャスティングされたのかは分かりませんが、映画の仕事もやってたなんて意外です。それもそこそこ重要な役で。
そしてそして、今や映画・ドラマに引っ張りだこの人気俳優・岡田将生も、実は椎名と同じ大学に通う学生役として出演していました。なんと映画初出演!頬がうっすら赤くてかわいらしいです。役名もなくセリフも少なく、まさかこんな人気俳優になるなんて、誰も思わなかったのではないでしょうか。
ちなみに眞島秀和もバスの運転手役で出演しています。10年くらい前の映画は、ちょうど今活躍している人たちがちょっとした役で出演していたりするので、見返してみると面白い発見がありますね。
『アヒルと鴨のコインロッカー』というタイトルの意味は?
鑑賞するまでは一体何のことやらわからない今作のタイトル。しかし鑑賞後には、そこに含まれた意味を知るどころか、このタイトルが大好きになります。
アヒルは外来種、つまりドルジのことを指し、日本産の鴨は椎名のことを指します。アヒルと鴨=ドルジと椎名が、神様(ドルジが敬愛するボブ・ディラン)に見て見ぬふりをしてもらおうと、神様の曲をコインロッカーに入れる。これが『アヒルと鴨のコインロッカー』というタイトルの意味ですが、これは鑑賞した方なら説明しなくても分かりますね。失礼しました。
それにしても、タイトルにも伏線が含まれているなんて、凡人には理解できないセンスに感服です。