『借りぐらしのアリエッティ』『思い出のマーニー』で監督を務めた米林宏昌の、ジブリ退社後初の長編アニメ作品『メアリと魔女の花』が公開されました。今回は今作における裏のテーマを考察していきます。ネタバレを含みますのでご注意ください。
スタジオポノックの長編映画1作目!
スタジオポノックとは?
今作『メアリと魔女の花』は米林宏昌監督がスタジオジブリを退社後、同じくジブリでプロデューサーとして活動していた西村義明と共に設立した「スタジオポノック」で作り上げた長編アニメ映画です。
ジブリ作品が上映される時にはオープニングにジブリのロゴとしてトトロの横顔が登場するのがお馴染みでしたが、ポノックのオープニングでは今作の主人公であるメアリの横顔がポノックのロゴとして登場しました。今作がポノックにおける記念碑的な作品になることは間違いないでしょう。
米林監督作品の特徴は?
米林監督はジブリ時代に『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』での原画を担当し、『借りぐらしのアリエッティ』、そしてスタジオジブリ最後の長編アニメとなる『思い出のマーニー』では監督を務めました。
監督を担当した2作の特徴としては「少女が自分の知らなかった世界や真実を知り成長する話」と言うことができるでしょう。両作ともジブリの中では地味な印象がありますが、映画的な演出はとても丁寧な作品です。特に『思い出のマーニー』では細かな表情や仕草で主人公の杏奈の成長の過程を緻密に描いているあたりがとても見事な作品で、筆者個人としてはジブリ作品の中でも特に好きな作品です。
また、アリエッティが翔の部屋の窓から世界の広がりを実感する場面や、杏奈が療養先の部屋の窓から見た景色など、「世界の広がり」を実感する瞬間の表現と、主人公が新しい世界への境界線を越える瞬間の演出、そして主人公の少女の髪留めによる心情の変化の演出などが特徴的な監督でもあります。これらの特徴からも、スタジオジブリ作品にしては地味で繊細な印象を持つ方も多いかと考えられます。
ジブリっぽさ満載のアニメ表現
観た人誰もが感じるジブリっぽい映画
しかし、これまでの作風とは一転して今作は主人公のメアリが魔法を使ってダイナミックに動き回ります。これは、プロデューサーの西村義明も、「マーニーが『静』ならメアリは『動』。元気な女の子が動き回るファンタジー」と作り手側も意識した作風になっています。
ダイナミックに主人公が動き回るファンタジーと聞くだけでもジブリっぽいと思えますが、それ以上に今作にはジブリっぽいモチーフがいくつも登場します。まずは、主人公のメアリが黒猫とともに空飛ぶ箒にまたがる姿はどうしても『魔女の宅急便』を意識しますし、雲の上に浮かぶエンドア大学は『天空の城ラピュタ』と『ハウルの動く城』っぽくもあり、正門へ繋がる階段は『千と千尋の神隠し』マンブルチューク校長の登場の場面は『崖の上のポニョ』、大学内に囚われていた動物たちが逃げ出す場面は『もののけ姫』などなど、ジブリらしい雰囲気の箇所を挙げているとキリがないほど今作はジブリっぽさに溢れています。
今作と最も近いジブリ作品は?
しかし、これは意図的にジブリっぽさを表現しているようにも感じます。今作に登場する魔法の世界がジブリっぽい、というより、今作の魔法の世界はジブリそのものを表現していると言うことができるのではないでしょうか。
今作の表現の手法としてこれまでのジブリ作品と近いと感じたのは『ハウルの動く城』です。『ハウルの動く城』では劇中における「魔法」を「アニメーション」と置き換えるだけで、映画全体でその時のスタジオジブリの状況を表現していたのですが、今作もこれと同様の方法で映画全体の解釈ができると考えられます。
今作における「魔法」の意味とは?
庭師ゼベディのモデルはあの人?
今作全体の解釈の鍵となるのは、映画の冒頭のメアリと庭師ゼベディとのやり取りです。赤い館の中で退屈にしているメアリは家の中でシャーロットやバンクスの手伝いをしようとするも失敗ばかりです。そして、庭の花の手入れをしていたゼベディさんの手伝いをすると、大事にしていた一番綺麗な花を折ってしまい、ゼベディから呆れられます。
この庭師ゼベディはメガネに立派な白髭をしたお爺ちゃんなのですが、これは完全に宮崎駿をイメージしていると考えられます。そしてメアリは、宮崎駿から怒られる新人時代の米林監督自身と重なるように考えられます。
魔法の箒が意味するものとは?
ダサい赤髪の持ち主で、なおかつ周囲の役に立てないことから、メアリはコンプレックスを抱えます。しかし、このコンプレックスを解消するきっかけとなるのは、魔法の箒で空を飛ぶ場面です。ただの箒だったのが「夜間飛行」という花を潰した時に出てくる青いネバネバを付けると、たちまち魔法の箒に変わるのですが、箒は先のゼベディも別の大きな箒を用いていました。つまり、この映画に登場する箒は、アニメーターが用いる筆と置き換えることが出来ます。筆と「夜間飛行」から出た絵の具を手に入れた時に初めてメアリはアニメという魔法の力を手にするのです。
エンドア大学での授業はアニメーターとして成長していく過程と一致します。まず一番最初に箒の取り扱い方法から学びます。アニメーターとして道具の使い方を基本から学ぶということです。魔法の授業で必死にノートに書き込みをしている生徒たちの姿はアニメーターが作業している姿とも重なります。魔法科学の授業では様々なフラスコにカラフルな液体が入っていますが、これもアニメーターの現場のようでもあり、エンドア大学の窓や壁はカラフルな色が施されているのは、パレットのようでもあります。
校長から才能を見出されたメアリは最上級のクラスの授業を受けますが、このクラスの風景はまるで劇場のようです。そして、姿を消す魔法を使うことが出来たメアリはクラス中から賞賛を浴びますが、ここで賞賛を受けるメアリは、ジブリの劇場長編2作の監督を務め上げた米林監督のようでもあります。
米林監督のジブリとの決別
ジブリ解体の経緯
しかし、このエンドア大学には闇の部分がありました。校長とドクター・デイは地上の動物たちを捕まえて、変身魔法の実験台にしていたのです。友人のピーターも捕まったことを知ったメアリは、再びエンドア大学に乗り込んで、捕らえられていたピーターと動物たちを解放します。この場面はスタジオジブリが『ハウルの動く城』以降、経営難に陥り、2014年にアニメ制作部門を解体した流れと重なるように考えられます。
『思い出のマーニー』の制作後、米林宏昌と西村義明はジブリを退社しましたが、実質的にはジブリの経営難によるリストラです。アニメが産業化していく中で生まれた現実の暗い部分を、エンドア大学の裏の計画は表しています。
「今夜だけは魔女なんだ」というセリフに込められた思いとは?
ジブリ退社後、西村が米林に「もう一度、アニメ映画を作りたいですか?」と聞くと、米林は「やりたい」と即答したことで、『メアリと魔女の花』という作品は生まれたのですが、この一番最初の思いはメアリの「私、今夜だけは魔女なんだ」というセリフに込められています。ジブリでアニメを作ることは出来なくなってしまったけど、ポノックという新しいスタジオで、アニメという魔法をもう一度使うことが出来る、という米林監督の喜びがこのセリフには込められています。
メアリが言う「魔法なんていらない!」の意味とは?
エンドア大学の裏の計画に一人取り残されたピーターを救うために、メアリはピーターと一緒に魔法解除の呪文を行います。そしてそこで「魔法なんていらない!」と力強く宣言するのですが、これは完全にスタジオジブリとの決別の宣言です。ジブリのアニメーターの多くはこれまでのジブリ作品に憧れて入社したのですが、アニメ制作部門の解体によって、この夢を続けることが出来なくなってしまいました。戻りたいけど戻れない、というジブリに対する思いを完全に断ち切るためでもあり、米林監督にとっては自分に言い聞かせるためのセリフだったのかもしれません。
主題歌『RAIN』の歌詞の意味とは?
今作で話題になっているのは、主題歌をSEKAI NO OWARIが歌っているということも挙げられます。彼らのファンタジーっぽい雰囲気が映画の作風とマッチしているとも感じますが、それ以上に主題歌『RAIN』の歌詞に注目してみましょう。
「虹が架かる空には雨が降ってたんだ
虹はいずれ消えるけれど雨は草木を育てていくんだ
虹が架かる空には雨が降ってたんだ
いつか虹が消えてもずっと僕らは空を見上げる」SEKAI NO OWARI 『RAIN』より歌詞引用
ここで言う虹とはジブリのことです。ジブリという夢のスタジオはいずれ消えてしまうけれどもその中でしっかりと成長することが出来た、という感謝の気持ちと、ジブリが無くなっても次へと進んでいく、という決意がこの歌詞には表れています。
エンドロールに込められたジブリへの感謝の思い
映画のエンドロールでは「感謝」という字幕の後に「宮崎駿 高畑勲 鈴木敏夫」の3名の名前がクレジットされています。ジブリの生みの親でもあり、自分たちを育ててくれた師匠として、この映画全体でこの3名への感謝を伝えているのです。
エンドロールの最後に、メアリの箒が庭師ゼベディの箒の隣に置かれた絵が登場しますが、これは米林監督から宮崎駿への個人的な感謝のメッセージと捉えることが出来るでしょう。
そしてジブリ映画でお馴染みの「おわり」の文字をきっちりと出してこの映画は終わります。米林監督、西村義明プロデューサー、その他、スタジオジブリ出身の多くのクリエーターに支えられて作られた今作は、我々はジブリの意志をしっかりと受け継ぎました、という感謝と決意に満ち溢れた作品でした。
映画『メアリと魔女の花』の個人的総評と感想
良かった点
- ジブリへの感謝の思いが伝わってくる場面はとても感動的でした。特にエンドロールの一連の流れは米林監督の思いがストレートに伝わって素晴らしかったです。
- 主演の杉咲花の声の演技が嫌味のない雰囲気でとても良かったです。
- 少ないながらも、これまでの米林監督の特徴であった髪留め演出や、境界線を越える演出があったのは良かったです。
悪かった点
- 裏のメッセージ性が強いため、表面上のストーリーはかなり歪な印象を受けました。この歪さも『ハウルの動く城』と似ています。
- アニメの動きの部分では、宮崎駿に劣っていると感じてしまう部分は多少ありました。特に空中でメアリが敵に追いかけられるシーンの動きが物足りなかった気がします。
- 米林監督の特徴である緻密な演出は今作では十分に活かされてはなかったと思います。けじめとしての、ジブリへの感謝を表した今作だったとは思うので、米林監督らしい作品は次回に期待します。
100点満点中75点!
ジブリファン必見の作品であることは間違いないでしょう。スタジオポノックの次回作にも期待です!