ラストや翔のその後は?『借りぐらしのアリエッティ』の気になる部分を考察





2010年公開のジブリ映画『借りぐらしのアリエッティ』は、2017夏公開映画『メアリと魔女の花』で話題の米林宏昌初監督作品。ジブリ作品にありがちな謎も多く、「翔とアリエッティのその後が気になる」「アリエッティの正体って実は…」など感想や都市伝説が流布。みんなの感想から気になるアレやコレについて考察!

米林監督の初監督作!『借りぐらしのアリエッティ』とは?


借りぐらしのアリエッティ(出典:Amazon)

米林監督が初めてジブリでメガホンをとった作品『借りぐらしのアリエッティ』。2010年の作品で、原作は1952年にカーネギー賞を受賞しているイギリスの作家・メアリー・ノートンの『床下の小人たち』です。

主人公は14歳の少女アリエッティ。人間に姿を見られたらいけない掟のもと両親と暮らす小人です。準主人公は12歳の少年・翔。翔は人間ですが、心臓を患い、手術までの短い期間、祖母の家を訪れているという設定です。翔の両親は離婚しており、母親に引き取られてはいますが、病に侵された息子よりも仕事を優先させているような親。

この二人の声を務めたのが、演技派で名を馳せている志田未来と神木隆之介でした。

『借りぐらしのアリエッティ』の感想

それではまず、『借りぐらしのアリエッティ』を観た人たちの主な感想を拾っていきたいと思います。みんな、どんなことが気になったんでしょうか?

感想①小人目線での描写が素敵!

アリエッティからの目線で描かれる様々なモノ。どれも私たちの周りに普通に存在するものばかりですが、アリエッティの目線から観ると、どれもキラキラと輝き、本当に素敵です。米林監督は、もともと生粋のアニメーター。絵の伝え方は、監督の才能をそのまま生かし、ジブリ作品の中でも群を抜いているとの高評価。

また、音の感じ方も、小さきものたちになるとこんなにも大きく低く響くんだということが体感でき、小人になった気分を味わえます。

感想②志田未来&神木隆之介の声がハマり過ぎ!

真の髄からのアニメ好きという神木隆之介に対し、志田未来はアニメにはあまり親しみはなく、アフレコも本作が初。それでもアリエッティの凛とした表情を声にしっかりと込められており、こちらも高評価。また、神木隆之介に関しては、作画の段階から翔=神木隆之介にということで、スタッフたちは、神木隆之介の写真を見ながら製作を続けていたということで、ハマらないわけがないという完成度の高さです。『君の名は。』の瀧役で一世風靡した神木隆之介のイケボに注目!

感想③アリエッティが超キュート♡

『借りぐらしのアリエッティ』の米林監督は、元はジブリのナンバー1アニメーター。アニメーターとしては、宮崎監督の右腕とも言っていいほどの実力者です。その米林監督の趣味が出ているな~と感じるのが、アリエッティのキュートな造形。可愛いだけじゃなく、いざ狩りに出かけるという日にはキュッと髪の毛を洗濯ばさみでポニーテールに束ねる仕草など、何だかちょっと色気を感じるんです!

感想④アリエッティのお父さんの懐の大きさに惚れる!

アリエッティのお父さんもかなり魅力的な人物。ジブリと言えば…『となりのトトロ』のお父さんのようにちょっと頼りない感じだったり、そもそも父親の存在すら危うい作品もたくさん。そんなジブリの作品の中において、『借りぐらしのアリエッティ』のお父さんは、かなり異色!

アリエッティが失敗して人間に姿を見られ、家を見つけなければならない…となったときも、取り乱す母親に対し、父親は沈着冷静。決してアリエッティを責めることなく、どうすれば自分たちが生き延びられるのかを考え行動します。

不測の事態が起こっても「ドン」と構えて動じない…こんなお父さんがいたらいいなぁと思う理想の父親像がここに!

感想⑤伝えたいことがイマイチ分かりづらい

上記のようなプラスイメージの感想がある中、やはりマイナスイメージの感想も。代表的なものが「何を伝えたかったのかが、分からない」というもの。『借りぐらしのアリエッティ』では、「小人と人間」「繁栄と滅亡」という対比を描くことによって、人間が自然から搾取して繁栄を遂げていることに対し、一つの問いかけを投げかけているように思います。

小人と人間、果たしてどちらが滅びゆくものなのか…映画の中で問いかけられていますが、アリエッティに出会う前の翔を人間の代表とみるなら、間違いなく、人間が滅びゆくものという結論でしょう。なぜなら、翔は、家族の愛を受けられずに育ち、自分が生きている意味さえも見いだせずに心臓の病に倒れようとしている者だからです。

…という感想はごく一部のもの。ジブリ映画にありがち…といえばそうなりますが、『借りぐらしのアリエッティ』も、初見では「何が言いたかったの?」と放り出されたような気持になってしまう映画かも。できれば、2度・3度、観返すことをおすすめします。

実は怖い!?『借りぐらしのアリエッティ』都市伝説

ジブリ映画は、「すべてを語らない」というスタイルを貫いています。観客それぞれで想像してほしいということだとは思いますが、その製作スタイルのため、ジブリ映画公開後には必ず「都市伝説」が流布!『借りぐらしのアリエッティ』の場合は一体どんな都市伝説が語り継がれているのでしょうか!?

都市伝説①「アリエッティはゴキブリだった!?」

アリエッティは床下で暮らしており、時々人間の食料などを拝借しに地上にあらわれます。その生態から「それはゴキブリなのでは!?」と、都市伝説が流布!

確かにその部分だけ取りあげると、確かにアリエッティ=ゴキブリとも取れますが、決定的に違うことが一つ!アリエッティ一家は、人間のように清潔に暮らしているということ。ゴキブリのように何も考えず汚いところもガンガン入っていくような野蛮さはありません。ということで、筆者の考察としては…、これは否。

都市伝説②「アリエッティ一家は全員死亡!?」

アリエッティ一家が次の家を探して川下りをするという場面がラストになるわけですが、この後、アリエッティ一家が無事に次の家にたどり着いたのかという描写はありません。「ん?ここからが面白いところでは!?」「この川下りでいろいろ大変な試練を乗り越えての…みたいな展開は無いのか!?」と、最近の漫画やアニメに慣れてしまった筆者は思ったわけですが、ここで放り出すのがジブリ流ということで、「アリエッティ一家は全員死亡」という都市伝説が生まれたわけです。

この件に関しても、おそらく否。理由は、これまでの映画の文脈によります。例えば、ハルさんの魔の手から逃れたように、アリエッティ一家は協力しあって、どんな困難も乗り越えていくという設定のはずだからです。

都市伝説③「翔のその後…心臓手術失敗で死亡」

ラスト、翔はアリエッティに2日後の心臓手術を頑張るということを言い残します。「君は僕の心臓の一部だ」は有名なセリフですね。翔に関しては、もう死亡フラグしか立っていませんでしたが、ラストに向かうにつれ、徐々に冒頭の「あの夏の思い出」という語りが生きていきます。

よって、この翔死亡説も否。初見で「翔、死んだのかな?」となってしまった方は、ぜひとも、もう一度映画を観なおしてみてください。

原作『床下の小人たち』と映画『借りぐらしのアリエッティ』

映画『借りぐらしのアリエッティ』には原作があります。イギリスの児童文学作家メアリー・ノートンの『床下の小人たち』です。しかし宮崎監督は、40年前に一度原作を読んだだけであり、映画製作にあたっては設定も日本に移したりと、かなり宮崎監督オリジナル色の強い作品になっています。

ちなみに原作は、5部作になっており、最後の5作目は、なんと4作目完結後の21年後に発表されたとのこと。この5作目は4作目のラストとは異なり、人間と小人との交流はあり得ない…というようなものになっています。訳者曰く、「現代社会への作者からの批判」なんだとか。

気になるのは、1作目よりも5作目のほうが、ジブリ映画のアリエッティに近いものを感じるというところ。公式では『借りぐらしのアリエッティ』の原作は1作目の『床下の小人たち』となっていますが、5作目『小人たちの新しい家』ももしかしたら米林監督は読破しているのかも…と。気になる方は5作目を読んでみてください。

キラキラと輝いている分、切なさも倍増!

今回は、米林監督が初めてメガホンをとったジブリ映画『借りぐらしのアリエッティ』の感想を中心に都市伝説や原作の気になる内容を交えてご紹介しました。この記事を読んでいると「初見で理解できないなんて何だか難しいストーリーなのかな?」と不安になってしまったかもしれませんが、そんなことはありません!

おそらく初見ではキラキラと輝くアリエッティ目線の動植物などにくぎ付けになるはず!米林監督は生粋のアニメーターですから、その辺の表現は本当に秀逸です。そして、キラキラしている分、ラストの別れは本当に切ないんです。

魔法など派手な要素は無い映画ですが、心が動かされる作品であることは間違いありません。そして一度観ると、「あのシーンの意味は?」「結局、どうなったっていうこと?」など、次々と疑問が沸き出てきて、必ず2度・3度と観返したくなる作品だと思います。

『メアリと魔女の花』も話題!宮崎駿を唸らせた才能の持ち主・米林監督に迫る

2017-06-25