映画『桐島、部活やめるってよ』で知られている吉田大八監督の最新作は、三島由紀夫の小説を原作とした異色のSF映画となっています。かなり難解な演出が多く、劇場で困惑する方も多かったと思いますので、劇中の様々な演出の意味を考察していきます。
今作の監督、吉田大八とは!?
傑作映画『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八最新作!
今作『美しい星』の監督である吉田大八の代表作と言えば、2012年公開の映画『桐島、部活やめるってよ』が挙げられます。スクールカーストの頂点に君臨していた桐島がその座を捨てたことによって引き起こされる学校内の騒動を様々な視点から描いた傑作青春映画で、第36回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞しました。
吉田大八作品の特徴は?
吉田大八作品が描いているのは常に「現実の世界ではないどこか別の世界を見ている人々」です。映画『桐島、部活やめるってよ』では、映画の舞台である学校が登場人物の現実の世界の全てとして描かれますが、主人公・前田は“学校ではないどこか”を夢見て自分たちの映画を撮影します。
映画『紙の月』も銀行員の梅澤は大学生・光太との盲目的な恋愛を続けるために、顧客の金を横領します。映画『クヒオ大佐』も嘘をつくことでしか自分を保てなくなった男と、その嘘に依存していく女たちを描いていました。
三島由紀夫作品を現代的に描く!
原作は三島由紀夫のSF小説
この映画の原作は三島由紀夫が1962年に発表した三島作品の中でも異色のSF小説です。原作の時代設定にもなっている1962年と言えば、アメリカとソ連が核戦争の一歩手前まで行き着いた「キューバ危機」が起こった年でもあります。
人類が愚かな核戦争によって滅んでしまうことを危惧した三島由紀夫はこのSF小説の中で、人類に失望したある一家が宇宙人として目覚める、という奇抜な設定を持ち込むことで、1962年における人類の危機的状況を客観的に描いています。
主人公となる大杉家の設定
映画に登場する大杉家も原作と同じ家族構成になっています。父の重一郎は火星人として目覚め、長男の一雄は水星人、長女の暁子は金星人として目覚めます。母の伊余子は原作では木星人でしたが、映画では地球人のままでした。それぞれの星の意味は登場人物の設定にも関わっています。
水星は英語でマーキュリー(Mercury)です。これは水星が太陽系の惑星の中で最も公転日数が少なく運行が速いため、ローマ神話における俊足の神メルクリウスの星とされたためです。一雄はメッセンジャーのアルバイトをしており、ロードバイクで都内を駆け巡り、黒木が乗った公用車を追いかけるシーンも映画には出てきます。
金星は英語でヴィーナス(Venus)。ローマ神話の愛と美の女神の名前が付けられています。金星人に目覚める暁子も、ヴィーナスの名に相応しいほどの美貌を備えており、それゆえ周囲の人間は暁子の容姿しか見ていません。暁子が金沢まで追いかける竹宮という人物も原作では美青年として登場します。
火星(Mars)は軍神マルスを意味していますが、広い意味で男性性の象徴でもありますので、大杉家の大黒柱である重一郎が目覚める星としてふさわしいのかもしれません。
効果的な現代的アレンジ
原作では核戦争を引き起こそうとしている人類に失望することで一家は宇宙人に目覚めるのですが、今作はひとまず核戦争の危機は過ぎ去った現在の世界における人類の愚行が、大杉家を宇宙人として目覚めさせていきます。映画ではこの人類の愚行は、地球温暖化のような大きな問題から、大学での息苦しさという個人的な問題まで現代的にアレンジされています。
父、長男、長女はそれぞれ宇宙人として目覚めるのはそれぞれの星を「美しい」と感じたためです。宇宙人として目覚めた彼らは周囲が何を言おうが気にしません。この彼らの姿はどこか狂信的なカルト宗教にはまってしまった様な印象を感じます。
これを強く印象づけるのが母・伊余子がマルチ商法にはまってしまうという展開です。自分は「美しい」と感じて行っていた行為が、その実態はそのような美しいものではない、ということを印象づけるために、母はあくまで地球人のままという設定になっており、これによって他の3人の行動も、我々観客は客観的に観ることが出来るようになっています。
美しい星🌏豆知識⑦
大杉家のリビング。
美術の安宅紀史さんは、あまり帰ってきたくないような、
少し淀んだ雰囲気を意識したそう。🏡
現に一雄は家に寄り付かず、暁子は自分の部屋へ直行。
そこに大量の「美しい水」が入ってくることで、
家の中は浄化され、澄んでいきます。🙆#美しい星 pic.twitter.com/Dj66RegJVC— 映画『美しい星』 (@UtsukushiiHoshi) June 15, 2017
ネタバレになりますが
先日、漸く映画『美しい星』観られました。原作では確か、核戦争の脅威がテーマだったと思いますが。
地球温暖化問題に替え、お天気オジサンである主人公が「今すぐ行動して下さい」と訴えてました。
太陽光発電を胡散臭いモノと扱いグッジョブ💡
色々面白い映画でした🎥— 肩肘張子 (@katahiji5353) June 13, 2017
美しい星、もう一回見たい気がするけど、もう前半の家族の閉塞感とか現実辛い感じ見るのがきつくて……特におかあさんのマルチに入ってくのが辛くて……
— 浅見潤@三十路は筋肉欲しい (@asami_jun) June 9, 2017
様々な演出の意味とは?
オープニングの食事のシーンに込められた意味とは?
この映画で最初にスクリーンに映るものは煌びやかなシャンデリアの映像です。大杉家が一堂にレストランに会して重一郎の誕生日を祝う席で、彼はテーブルの真上で輝いているシャンデリアに見とれています。このシャンデリアは「美しさ」の象徴として捉えるべきでしょう。重一郎は家族のいる現実ではなく、美しいシャンデリアに見とれている、という構図は今作の後の展開を予兆させます。
実際、「美しさ」の虜になるのは重一郎だけではなく、大杉家全員です。彼らはここではないどこか別の「美しい」世界に想いを馳せた結果、宇宙人として目覚めますが、これは吉田大八がこれまで描いてきたテーマとも完全に一致します。
カメラワークによる演出の意図は?
シャンデリアの場面では、重一郎の他、伊余子と暁子も同じテーブルに座っているのですが、この場面では3人は個々でしかスクリーンに映し出されません。また、個々でカメラに映る際、カメラ全体がテーブルを中心とした円形の軌道を描いてゆっくりと水平移動しています。
これはまさに、火星、地球、金星が太陽を中心として公転している様子を彷彿とさせます。そして、この3人(3つの星)の中心にあるものはシャンデリアであることから、彼らは「美しさ」という太陽に引き寄せられながら、その力学に従ってそれぞれバラバラに行動する、ということも意味しています。
今作では映画のラストまで4人が同一ショットに映らないという演出が徹底されており、この家族がバラバラになっている様子を表現していると同時に、ラストに向かって少しずつ同一ショットに映り出すことで、ラストの大団円的な展開が盛り上がるようになっています。
黒木が持っているボタンとは?
大杉家以外の登場人物の中で唯一の宇宙人である黒木が重一郎と対峙する場面。地球温暖化によって人類が滅びることを憂いている重一郎に対して黒木は、人類は滅びるべき存在だ、と告げ、おもむろに「ボタン」を取り出します。そしてそのボタンを押すと重一郎は血を吐いて倒れてしまいます。
この重一郎と黒木の口論の場面が今作の最も難解な場面ではないでしょうか。演出的にもこれまでのリアリティラインを逸脱した演出になっています。原作では核兵器の発射ボタンを押すか押さないかの展開があるため、これを踏まえて「人類滅亡」の象徴としてボタンは登場するものと考えられます。しかし、一雄が後にそのボタンの箱を開けてみると中身は空っぽだったことから、黒木も大杉家と同様にあくまで妄想を抱いていた人物だった、ということになります。
急になぜ牛が出てきたのか?
重一郎の病状が悪化しながらも、彼の最後の願いを叶えるための福島県いわき市への逃避行のシーンで、森の中を進んでいると突然、大きな牛に遭遇し、重一郎は牛に運ばれて森の中を進んでいきます。ここでは牛は何を意味しているのでしょうか?
お盆になると、キュウリとナスを使って精霊馬と精霊牛を作る風習が日本にはありますが、これはあの世からやってくる先祖の霊を乗せるための乗り物として供えるためです。あの世からこの世へは速く来てもらうために馬を、そしてこの世からあの世に帰る時にはゆっくりとお見送りをするために牛を使ってもらうのです。つまり、牛はこの世からあの世へと行く乗り物であり、重一郎が今から天に召されることを意味しています。
その後のUFOに乗り込む、という展開も「重一郎の死」を暗示しているのですが、それだけでは弱いということで、牛を登場させたものと考えられます。
地球に残された我々観客へのメッセージ
映画のラストが意味しているものとは?
映画のラスト、UFOに乗り込んだ重一郎は火星へと向かうUFOの中から地球を見つめます。そして、福島県いわき市の原発事故によって真っ暗になった森の中で、上空を見上げる大杉家一同を見つけます。これまで、バラバラの軌道を描いていた4つの星がしっかりと身を寄せ合っている姿はまさに奇跡的とも思える光景で感動させられます。
今作のテーマ的な展開としては高畑勲監督の『かぐや姫の物語』が近いように思えます。地球での生の中で良い面も悪い面も経験した主人公が、死を迎えるにあたって、生そのものを肯定する、という壮大かつ普遍的な人類のテーマをこの『美しい星』は描いているのです。
エンドロールに込められた意味
今作では夜空の星々を背景としたエンドロールが流れます。これは地球から、重一郎が行ってしまった星を見つめているという視点であり、我々観客の視点と一致します。
つまり、重一郎が火星へ向かうUFOの中から、美しいと感じながら見つめていた地球という星に我々は今住んでいる、ということを再認識させる演出になっています。タイトルになっている「美しい星」とは最終的に我々が住んでいる地球であり、この世そのものを意味しているのです。
映画『美しい星』の個人的総評と感想
良かった点
- 重一郎や暁子の謎のポーズなど、コメディ映画としても笑える場面が多かったです。特にシュールな笑いがてんこ盛りの映画でした。
- 暁子役を演じた橋本愛の美しさが特に際立った作品でした。暁子がミスコンでドレスを着た際の、他の出場者に対する圧勝っぷりもお見事でした。
- 音楽の使い方も非常に印象的です。特に、暁子がUFOを呼ぶ場面のサイケデリック演出は圧巻で、今作で最もアガる場面でした。
悪かった点
- 映画の終盤、福島県へと向かう車の中から街の人々を眺める重一郎が「綺麗だなぁ」と地球の人々を肯定するセリフを発しますが、元々人類に絶望していた男が肯定する側に回るまでのプロセスがきちんと描けていないように感じたため、このセリフがとても唐突に感じました。
映画のテーマと密接に関わってくる部分なので、その点では消化不良であるように感じます。
100点満点中85点!
今作のような難解で奇妙なSFコメディ映画が大きな映画館で上映されていること自体が、最近の日本映画の復活を印象づけているようにも思えます。既に鑑賞済みの方は原作との比較もオススメします。