人気作家・伊坂幸太郎の同名短編小説を映像化した今作は、その完成度の高さから映画ファン、原作ファンの間で高い評価を得ています。メガホンを取ったのは、日本映画界で今もっとも勢いのある中村義洋監督。今回はそんな今作を、感想を交えつつ考察したいと思います。未鑑賞の方はネタバレ注意です。
伊坂幸太郎原作の短編小説を見事に映像化
数々の作品を世に送り出し、今や絶大な人気を誇る作家・伊坂幸太郎。彼の小説の多くが映像化されていますが、原作の世界観を踏襲しつつ映画として「面白い!」と思わせる作品は、正直あまりありません。中村義洋監督作品を除いては。
中村義洋監督は今作を含め、これまでに4つの伊坂幸太郎作品を映像化してきました。そしてそのどれもが、素直に面白いと思えるものになっています。短編集の中の一つであるこの短い話を二時間弱の一本の映画として完成させるあたり、脚本を務めた林民夫もさることながら、映像として見事に表現した中村義洋監督の手腕には本当に驚かされます。
原作を読んだ時に感じた、ゾワゾワゾワと鳥肌が立つ感覚を映画を観た時にも感じましたが、それに加えて、感動でも悲しみでもない、人間の生命力や見えない繋がりに触れたような不思議な感覚を味わい、涙が自然にあふれて止まりませんでした。
彗星衝突が迫り、地球滅亡まで残り数時間となった世界。そんな中、平然と営業を続ける小さなレコードショップでは、無名のパンクバンド「逆鱗」のレコードをかけながら、店長である男がこんなことを呟きます。「正義の味方が世界を救う」。
ここから、一見すると無関係な4つのストーリーを軸に物語が進んでいき、そしてそのすべてが繋がった時、世界の危機を救う奇跡が起こるのです。作中では時系列がバラバラに進んでいきますが、今回はあえて時系列順にご紹介します。
高良健吾の歌声と濱田岳の決意にハートを掴まれる!
1975年:早すぎたパンクバンド「逆鱗」の届かぬ想い
今作の要とも言える、「逆鱗」の物語。劇中では4つのストーリーの中で最後に描かれ、「フィッシュストーリー」の曲中に1分間の無音が生まれた原因が明らかになります。
1975年、「セックス・ピストルズ」がデビューする一年前。日本でまだ認知されていないパンク・ロックを掲げるバンド「逆鱗」は、自分たちの曲が誰にも受け入れられないもどかしさを感じながら活動を続けていました。この、彼らの想いや叫びが誰にも届かない、という部分が今作を形成するうえで重要なポイントになっています。
なぜ誰にも響かないのか?なぜ誰にも届かないのか?という葛藤を抱えたまま彼らは解散することになりますが、最後の曲である「フィッシュストーリー」のレコーディング中に、高良健吾演じるボーカルの五郎が、その想いを爆発させます。
結局、その想いは無音加工され誰にも届かないままとなりますが、時を経て、思いもよらない形で世界中の人々に届くのです。何が良いって、想いが届いたことに本人たちを含め誰も気づいていないところです。ここで先述のポイントが活きてきます。「あんたたちの想いは届いたんだよ!」と教えたくなるような、胸が熱くなる感じ。たまりません。
この「逆鱗」、実は斉藤和義プロデュースにより実際にデビューもしているのですが、曲自体も素晴らしく、そして何よりも高良健吾の歌声が本当に魅力的で惚れそうになります。いや惚れます。ただ歌が上手いだけでなく、そこに込められた五郎の想いがひしひしと伝わってきます。
この彼の想いが、この無名バンドの曲が、どのようにして世界の危機を救う結末へと繋がっていくのか。次の物語へと進みます。
1982年:いつか世界を救うと予言された気弱な大学生
濱田岳演じる雅史は、言いたいことをハッキリ言えず、何かに立ち向かったこともない、気弱な大学生。そんな彼が運転手として連れて行かれたコンパの席で、ある女の子に「いつか世界を救う男」と予言をされます。こんな気弱な大学生がどうやって世界を救うんだろう?2012年の地球滅亡の日にどう繋がっていくんだろう?という疑問を持ったまま、物語は進んでいきます。
帰り道、雅史が一人で車を走らせていると、入ったままだったカセットテープが再生されて止まらなくなります。そのカセットテープに入っている曲こそ、1分間の無音の間に女の悲鳴が聞こえるという都市伝説を持つ「フィッシュストーリー」。五郎の想いは無音となり、そしてありがちな都市伝説となってしまったのです。しかし、雅史は本当に女の悲鳴を聞いてしまいます。その悲鳴が車外から聞こえたことに気づいた雅史は、女性が暴漢に襲われている現場を目撃。
そして、それまで自分の意見も言えず、何かに立ち向かったことなどなかった雅史は、女性を救うという、その後の人生に関わる決意をします。この濱田岳が演じた雅史の決意こそ、世界の危機を救う大きなきっかけとなるのです。気弱な男が勇気を振り絞って何かに立ち向かう姿にはハートを掴まれます。
そして物語はさらに繋がっていきます。
森山未來のアクションと大森南朋の渋さにシビれる!
2009年:正義の味方として育てられたコックに出会った女子高生
多部未華子演じる女子高生・麻美は、乗船したフェリーで働く風変わりで心優しいコックに出会います。正義の味方になるために、幼い頃から肉体的にも精神的にも鍛え、何事にも動じず有事に備えて準備をしておくという風に父親に育てられたと語るコック(その訓練の回想シーンが『ベスト・キッド』のパロディーなのが笑えます)。そしてその直後、フェリー内に潜んでいたテロリストたちが銃を持って乗客たちを脅し、シージャックを起こします。
麻美を人質に取られても動じることなく、修行の成果を発揮してテロリストを倒す、森山未來演じる正義の味方。このアクションシーンでの森山未來の身さばきがとにかく華麗で興奮します。
この正義の味方を育てた父親こそ、気弱な大学生・雅史だったのです。救った女性と結婚した雅史は、自身の経験をもとに、息子を強く優しい正義の味方へと育てたのです。アツいです。父から子へ受け継がれた「世界を救う」という予言はどのような形で完結するのか?麻美はこの後の物語にどう絡んでいくのか?
物語はいよいよ終盤へと向かいます。
2012年:地球滅亡寸前まで営業を続ける小さなレコードショップ
彗星衝突まで残り数時間。アメリカの作戦も失敗し、地球の滅亡をただ待つだけとなった人類。誰もが諦めている中、日本の小さなレコードショップは営業を続けていました。
ここで、「逆鱗」のレコードをかける店長の男(大森南朋)が、実は岡崎(「逆鱗」の才能を唯一認めていたレコード会社の人間)の息子であったことが判明します。そして彼は言います。「正義の味方が、この曲が、世界を救う」と・・・。頼りなさげながらも五郎たち逆鱗を評価していた岡崎と、渋さ全開のレコードショップ店長の二役を演じた大森南朋が物語の説得力の幅を広げていてシビれます。
そして、ここまで直接的な繋がりが見えなかった4つのストーリーがついに繋がります。
すべてが繋がるラストに感動!
彗星衝突まであと少し。各国から集められた精鋭5人を乗せた宇宙船が、インドから打ち上げられます。そしてその中には、名門高校を卒業し、類い稀な知能を見出された麻美の姿も。麻美の導き出した計算により、彗星衝突を免れた人類は奇跡的に助かるのです。
それまで断片的だった物語がラストで繋がった時、そこには何とも形容しがたい感動が待ち受けていました。五郎たちの想いは意外なカタチで誰かに届き、雅史の決意が正義の味方を生み、正義の味方が麻美を救い、そして、麻美が人類の危機を救ったのです。
まさに壮大なホラ話=フィッシュストーリー。しかし、このホラ話が、人々の見えない繋がりを示し、日常に潜む小さな奇跡の積み重ねを描いています。今、どこかで誰かが叫んでいる想いが、もしかするといつか私たちの危機を救ってくれるかもしれません。