「傑作SF映画」と聞いて皆さんは何の映画を思い浮かべるでしょうか?『2001年宇宙の旅』、『未知との遭遇』、『コンタクト』…。様々な作品が挙げられると思いますが、今回紹介する映画『メッセージ』も今後「傑作SF映画」の中に名前が挙げられることになるでしょう。その理由をこれから解説していきたいと思います。
SF映画の新たなる傑作誕生!
これまでのSF映画と何が違うのか?
映画『メッセージ』がこれまでのSF映画と違う点は、未知の宇宙人との交流を通じて主人公、ひいては観客の人生の見え方が具体的に変わってしまう点にあります。主人公ルイーズは宇宙人(通称「ヘプタポット」)から彼らの使用する「表意文字」を学び、その文字の影響で自分の未来の人生が見えていきます。
映画の冒頭に流れる映像は観客から観ると「ルイーズにとっての過去」と思える映像でした。しかし、これは彼女がこれから経験する未来であることが映画のラストに示されます。
【メッセージ】 傑作。最良のSF短編を読んだときと等価の興奮がある。「2001年 宇宙の旅」以来、ぼくらが何本ものファーストコンタクトSF映画を見てきた願いがある。そして何冊ものSF小説を読んできたことから生まれた希望がある。死すべきさだめのぼくらが人を愛し、子をなす意味がある。
— 柴尾英令 (@baoh) May 19, 2017
『メッセージ』観に来たら、なんと同じ列に添野さんが。おかげで鑑賞後すぐに意見交換会ができるという理想的な環境(笑)。映画は最高でした。純粋にSF映画を作ったら、人間について描けてしまったという、傑作です
— 會川 昇 (@nishi_ogi) May 19, 2017
小説『スローター・ハウス5』のビリーの生き方
自分の人生の過去や未来を行き来する物語として、SF小説『スローター・ハウス5』との関連性が認められます。主人公ビリー・ピルグリムはトラルファマドール星人なる宇宙人に誘拐され、彼らから時間を超越する能力を授けられます。
この物語は著者のカート・ヴォネガットが経験したドレスデン空爆の記憶が、その後の彼の人生の中でもフラッシュバックして蘇ることを小説に取り込んだもので、物語の中でビリーは自分の人生を様々な時間軸で漂っていくことになります。『メッセージ』のルイーズも、ビリーのように自分のこれからの人生を全て理解しながらそれを受け入れるのです。
ちなみに、この『スローター・ハウス5』は『スティング』や『明日に向って撃て!』のジョージ・ロイ・ヒル監督によって映画化されました。『メッセージ』の関連作品として鑑賞することをオススメします。
「ばかうけ型」宇宙船の造形の意味とは?
関連作品ということで言うと、今作は『2001年宇宙の旅』をより具体化した作品であるとも言えます。猿が人類への進化の一歩を踏み出すきっかけとなったのは謎の石版「モノリス」との接触でした。映画『メッセージ』も人類は「表意文字」という「武器」をヘプタポットから授かり進化することになります。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が「宇宙船のデザインは“ばかうけ”に影響を受けた」と言っている今作の日本語版予告映像が話題になりましたが、恐らく「ばかうけ」よりは「モノリス」をイメージしたデザインだと考えられます。
秘書と「メッセージ」を観てきた。大変いい映画だったのだが、売店に「ばかうけ」が置いてなかったので商機を逃しているなと思った。
— フリスクP (@FRISK_P) May 20, 2017
映画メッセージはどっちかと言うとばかうけ(お菓子)なんだよなぁ…
— Tè・Cielo (@SkyTea_77) May 13, 2017
ヘプタポットがもたらす「時間を超越する能力」
無重力演出の意味
今作はテッド・チャンの『あなたの人生の物語』という短編小説を原作としているのですが、原作とは違う点がいくつかあります。
原作ではヘプタポットとの接触は地上に出現した高さ3メートルほどのルッキンググラスによって行われるのですが、映画では主人公たちが宇宙船に乗り込んでいき、その中でヘプタポットと接触することになります。宇宙船に乗り込む主人公たちが最初に驚いたことは、船内へ入る通路が無重力状態になっていることでした。重力とは人間の行動範囲を2次元に制限するものです。
宇宙船内が無重力になっているということは、人類がこれまで縛られていた制限から解放され、行動範囲が次の次元へと移る、ということを意味しています。この映画において人類に課せられている制限は「時間」です。人類はこれから「時間」という制限から解放される、という今後の展開を映画的に予兆させたシーンでした。
サピア=ウォーフの仮説とは?
ヘプタポットと接触し彼らの言葉である「表意文字」を学ぶうちに、ルイーズは自分の未来が見えていきます。こんなことは実際にあるのでしょうか?
劇中「サピア=ウォーフの仮説」という論文が登場します。これは、言語によってその人の世界観や時間の捉え方が決まる、という実在する説です。現在、この仮説に基づき「言語と時間」の関連性について様々な実験が行われています。
2017年における最新の実験としては、ランカスター大学のアタナソポリス教授の実験が挙げられます。スウェーデン語は時間の表し方を「時間が短い」というように長さで表現し、スペイン語は「時間が小さい」というように大きさで表現します。スウェーデン語とスペイン語のバイリンガルの被験者に「どのぐらいの時間が経過したか?」という質問をスウェーデン語とスペイン語とでそれぞれ聞くと、同じ被験者であるにも関わらず言語によって回答に差が出る、という結果が出ました。つまり言語は人間の時間認識に少なからず影響を与えているということです。
「表意文字」の造形の意味とは?
へポタポットの描く表意文字は円環を成しており、その円環からはみ出た部分が様々な意味を持っています。「現在形」や「過去形」のような時制はなく、1つの円環によって1つの文章をそのまま表現します。
我々人類の文章は、時間が過去から未来へ進むという一般的な人生観のように、直線という方向性を持って表現されますが、ヘプタポットの文字は文章の始まりも終わりもない円環です。それは彼らが、過去も未来も存在しない時間を超越した存在であることと一致します。
時間を超越した表現である彼らの表意文字を学ぶ事によって、ルイーズは彼らのように未来を見ることが出来るようになるのです。
『メッセージ』が描く「映画論」
原題『Arrival』の意味とは?
日本語タイトル『メッセージ』はヘプタポットから人類への、またはルイーズから娘ハンナへのメッセージという意味があり、映画のテーマと合っていると思います。それではなぜ原題は『Arrival』なのでしょうか?これはドイツの哲学者ニーチェの思想に関連していると考えられます。
Arrivalは「到達」という意味です。映画でルイーズは自分の人生を全て理解しそれを受け入れるという境地に「到達」します。これはまさにニーチェが言うところの「永劫回帰」です。永劫回帰とは「時間は無限であり、物質は有限である」という前提から、この世の物事は永劫的に繰り返す、というこの世の円環構造を描いた思想で、これを「“到達”しうる最高の肯定の形式」とニーチェは考えています。
超人的な意思を持って、何度も繰り返される今この瞬間に立ち向かわなければならない、という生への強い肯定が必要とされ、この永劫回帰という思想そのものによってニーチェ自身は狂気へと導かれてしまうのですが、ルイーズは自分の運命を受け入れます。生まれる前から死を迎えることが分かっている娘の生を肯定して、子どもを作ることを決意し、そして自身の人生の見え方と一致するような円環構造を成した「Hannah」という名前を娘に付けるのです。
映画とは円環構造を成すもの
この映画はオープニングとエンディングが同じ場面になっています。エンディング直後にもう1度映画を見始めても全く意味の通った話になるでしょう。これは映画というものの円環構造をより際立たせています。
映画というものは常に「行って、帰る」物語を描いています(アート系映画にはこれに当てはまらない作品もありますが)。
今作の監督であるドゥニ・ヴィルヌーヴが世界的に注目されたのは2010年の『灼熱の魂』でしたが、この作品も映画のオープニングとエンディングが一致するような強い円環構造を成した映画でした。前作の『ボーダーライン』(原題『Sicario(殺し屋)』)も、エンディングに映る子供たちが大人になった時には”殺し屋”になることを予兆させる終わり方で、泥沼化したメキシコ麻薬戦争の終わりの無さを、映画の円環構造によって表現しています。
この様な強い円環構造の映画こそヴィルヌーヴ作品の特徴とも言えるでしょう。
ヴィルヌーヴ監督の作家性とは?
過去作にも垣間見えた母性愛
ヴィルヌーヴ作品の特徴という点で言うと、「母性愛」を描いた作品が多いと言えます。『灼熱の魂』は想像を絶する過酷な経験をした母親についての話でしたし、『複製された男』では「母性愛」の象徴として巨大な蜘蛛が登場します。『プリズナーズ』では歪んだ「母性愛」が誘拐事件を引き起こします。
今作も、死ぬことが分かっている娘であっても産みたい、という力強い「母性愛」の話でした。
ヴィルヌーヴ作品の肉体関係演出
その他のヴィルヌーヴ作品の共通点としては、違う世界を見ている人物同士が肉体関係にある、という演出が多く見られます。今作でもルイーズとイアンは全く違う世界を見ているにも関わらず子どもを作ることを決意します。
『灼熱の魂』、『複製された男』、『ボーダーライン』にも共通して出てくる演出であり、監督の作家性と密接した演出であることは間違いありません。
今作で確立されたヴィルヌーヴの作家性
今作でヴィルヌーヴ作品の「母性愛」よりも一歩踏み込んだテーマ性が確立されたように考えられます。それは、「幼少期、または産まれる前から歪んだ運命を歩むことが決定づけられた人々の話」ということです。それゆえ、上記の肉体関係演出が頻出していると考えられます。
それぞれの作品でこのテーマを体現しているのは、『灼熱の魂』における冒頭の少年兵であり、『複製された男』では母親の呪縛から逃れられないアダムであり、『ボーダーライン』ではラストの子供たち、そして『メッセージ』のハンナです。『プリズナーズ』に至っては登場人物の大半が、「囚われ人達」というタイトルの意味のように歪んだ運命に囚われ続けています。
次作以降もSF映画が目白押し!
自身初のSF映画が傑作となったヴィルヌーヴ監督の次回作は、SF映画の金字塔『ブレードランナー』の続編『ブレードランナー2049』です!さらには伝説的SF映画『デューン/砂の惑星』の続編の監督にも抜擢され、一気にSF映画の旗手として名を馳せていくことになるでしょう。今後の彼の作品にも注目です!
映画『メッセージ』の個人的総評と感想
良かった点
- 「宇宙人がもし現代の世界に現れたら?」という『シン・ゴジラ』のような仮想ミリタリー映画として良かったです。現在の世界情勢を描いている点も面白かったです。
- この映画が成立し得たのは、主人公ルイーズ役のエイミー・アダムスによる演技力によるものでした。意志の強さを感じさせる演技が素晴らしかったです。
- 「静かなSF映画」として『2001年宇宙の旅』以来の傑作だと感じました。音響設計も緻密で良かったです。
悪かった点
- 原作にあった、ヘプタポットとの具体的な交流による言語の解読シーンが無くなっていたのは残念でした。映画的にテンポが悪くなるから削ったという判断だと思うのですが、原作では盛り上がる場面でしたので興味のある方はぜひ原作を読んでみてください。
100点満点中95点!
個人的には現時点での2017年ベスト映画です!2回以上鑑賞して初めて気付く点も多い映画だと思いますので、1回鑑賞した方でも是非もう一度鑑賞してみてください!