映画『シックス・センス』などで知られるM・ナイト・シャマラン監督の最新作『スプリット』が公開されました!今回はこの『スプリット』をシャマラン監督作品の特徴と共に考察していきます。以後ネタバレを含みますので、鑑賞後に読んで頂くことをお勧めします。
シャマラン監督の作家性とは?
『シックス・センス』からの「大どんでん返し」のイメージ
第89回アカデミー賞で作品賞発表の際、作品名を間違えるという前代未聞のハプニングが起こりましたが、これに関連して話題になったツイートがありました。
「私が2017年のアカデミー賞のエンディングの脚本を書いたんだ」。
このツイートをしたのはM・ナイト・シャマラン。彼は今回紹介する映画『スプリット』の監督ですが、大ヒット映画『シックス・センス』のようにラストに衝撃的なオチがあるという、いわゆる「大どんでん返し映画」の監督として一般的に認知されています。上記のツイートは自身のイメージを使ったジョークだったのですが、このイメージによって彼は世間一般から若干過小評価されてしまっているのも事実です。
描くのは常に「本当の自分と向き合う人々」のストーリー
しかし、彼の映画の醍醐味は「大どんでん返し」のラストだけではありません。彼が常に描いているのは「本当の自分と向き合う人々」のストーリーです。
『シックス・センス』はある人物が本当は幽霊だった、というのがオチとしてありますが、これもその人物が本当の自分と向き合った結果です。『アンブレイカブル』も自身が不死身のヒーローであることに気づいた男のストーリーですし、前作の『ヴィジット』では姉弟がラストで自分達のトラウマと向き合います。
シャマラン映画の特徴をまとめるとするならば「主人公が何か超常的な体験を通して本来の自分に気づく映画」と言うことが出来るでしょう。彼の映画はこのような一貫したテーマが先にあり、結果として「大どんでん返し」的な映画になってしまうのです。
シャマラン監督は、きっと見えないものを見て、聞こえないものを聞いて、ありもしないものを信じる、物語の、映画の力を愚直に信じてる人。とするなら、『スプリット』はまさに現実の行き止まりと、妄想が交差するシャマランの集大成。きっと、悪夢でぐっすり眠れる人がいるはず。そんな感情。願い。
— 美味しいものを食べてこその人生 (@geri_otto_mrs) May 12, 2017
『スプリット』観賞。
シャマラン監督が描いてきた「人間の持つ説明できない何か」の集大成。シャマラン監督は「理不尽な痛みや苦しみは人を強くも優しくもするが、化け物にしてしまうこともある。その痛みと苦しみの上で誰かが得た能力を、手放しで賞賛していいのか?」という問題を描き続けてる。— 生 (Ubu) (@UbuHanabusa) May 16, 2017
多重人格VSトラウマを抱えた少女
ケビンにおける「本来の自分」とは?
上記のシャマラン映画の特徴に沿って、『スプリット』を読み解いてみましょう。ケビンは過去の虐待の結果、解離性同一性障害(多重人格)を患います。そして様々な人格を形成し、それぞれの人格によって様々な能力を開花させます。最終的には24人目の「ビースト」という恐ろしい存在にまで進化していきますが、この存在こそケビンにとっての「本来の自分」と言えることが出来ます。
「ビースト」は「母親に虐待された弱い自分」というケビンの過去のトラウマと対になる存在です。それゆえ筋骨隆々の怪物的な肉体を持ち、女性ばかりを殺害します。
ケイシーの悲惨な過去
本来の自分と向き合うのはケビンだけではありません。ケビンに誘拐されるケイシーは監禁中、自身の過去を振り返ります。彼女は幼少期に父親と叔父との3人で行った鹿狩りの最中、叔父から性的虐待を受けます。そして父親が早死した後は、この叔父が彼女の保護者となり、それ以後も恐らく虐待は続いていることが示されます。
彼女はこの監禁事件をこれまでの虐待の経験と重ね合わせ、どうにか逃げ出そうとするも、彼女の脱出計画はことごとく失敗していきます。
トラウマと向かい合うケイシー
ケイシーは最初の性的虐待の後、叔父にライフル銃を向けたことを思い出します。あの時、引き金を引く勇気があれば、以後の苦しみは無かったのに、と彼女は後悔しているのです。このように彼女が勇気を出せない状況は、映画の冒頭、誘拐されかける場面で逃げることが出来たかもしれないのに車のドアを開けることをためらった様子とも重なります。
男性からの支配に打ち勝つための勇気が出せないケイシーでしたが、映画のラストで自身のトラウマと向き合うことになります。ライフル銃を手に入れたケイシーは、男性性の象徴ともなったビーストに追いかけられ、逃げ場のない檻の中に逃げ込みます。そして、追いかけてきたビーストを自身の悲惨な過去と重ね合わせ、それらを消し去るが如くビーストに対してライフル銃の引き金を引くのです。
傷ついた者同士の初めての共感
ケイシーの放った弾丸はビーストに命中するも、ビーストを殺すことは出来ません。それどころか彼女の入っている檻を力ずくで捻じ開けようとします。しかし、ビーストはケイシーの体中に無数の傷跡を見つけます。
これは彼女が叔父から受けている虐待によるものであり、彼女もケビン同様に過酷な経験をしていることにビーストは気付きます。ケイシーのことを自分と同じ魂の持ち主だと認め、ビーストは去っていきます。2人はお互いにとって自身の過酷な境遇を曝け出し共感することが出来る初めての相手だったのです。
ビーストが去り、施設の職員に救出されたケイシーは、パトカーの後部座席に乗せられます。そこへ女性警官がやって来て、叔父が迎えに来ていることを告げるのですが、ケイシーはその女性警官を見つめ続けます。ケイシーのその後は映画には出てきませんが、自身のトラウマに立ち向かうことができた彼女は、叔父に立ち向かうために女性警官に自身が虐待されていることを伝えた、と考えられます。
散りばめられた作中の謎を総まとめ!
なぜケビンは24人格なのか
劇中のケビンは24人格を持った多重人格者でした。24人格と聞くと嘘みたいに多いと思うかもしれませんが、彼は実在する人物ビリー・ミリガンをモデルにしていると思われます。
1997年、アイオワ州で連続暴行事件が発生した際、容疑者としてビリー・ミリガンという人物が浮かび上がります。物的証拠も揃い、犯行したことは確実と思われていましたが、彼は23人もの人格を持っており、そのうちの1人が犯行をしたということが判明します。
大元の人格であるビリーの気づかないところで、「ケヴィン」という人物が犯行を引き起こした、という判断がなされビリーは無罪となるのですが、彼は更に24人目の人格も形成していきます。そして新しく出現した「教師」という人格によって他の23人は眠りについていき、最終的にはこの「教師」の人格だけ残って現在も生活しているのです。24人目の人格が他の人格を統治していく展開は『スプリット』と似ていると言えます。
監禁部屋が表しているものとは?
女子高生3人が監禁される部屋はヘドウィグが言うように「安全に作り替えた部屋」でしたが、これはケビンの内面とも重なります。ケビンの内面は幼少期の虐待の記憶によって荒んでいくも、多重人格を形成することによって制御しようとします。そして監禁部屋の四方の壁はそれぞれ石壁だったり木目だったりと種類がバラバラですが、これは様々な人格(壁)がケビンの荒んだ心(部屋)を表面上は隠し、制御していることを意味しています。
また、彼が住んでいる地下施設全体が彼の荒んだ内面を表現しています。何本ものダクトが薄暗い通路を並行している様子が印象的ですが、これはケビンの暗い内面にいくつもの人格が並行して存在していることを示しています。
「照明」の意味とは?
暗い地下施設とはうってかわって、精神科医のフレッチャー先生の住まいは光に溢れています。これはケビンにとって彼女の前に出ることは社会に出ることと等しく、しっかりとした人格で生きていくことを強制されている場所であることを表しています。
フレッチャー先生の部屋へ行くための螺旋階段が印象的ですが、これはケビンの中に存在する無意識下の人格が意識下へと昇っていく様子を表現しています。螺旋階段の天井には大きな照明がありますが、この「照明」に照らされることによって、無意識下の人格はケビンの表面上に現れる権利を得るのです。
「ビースト」はなぜ生まれたのか?
シャマラン映画の楽しみ方の一つにシャマラン監督自身のカメオ出演というものがあります(『レディ・イン・ザ・ウォーター』に至ってはメインキャストを演じていますが)。
今作ではフーターズの話をしながらケビンをモニターで監視する「Hooters Lover」役で出演しています。「巨乳を見ること」と「肉を食べること」こそが男性性を表しているというような事を言って、フレッチャー先生から「もうフーターズに行くのは止めれば?」と言われるのですが、ここで示されていることは後のビーストの行動を示しています。
そもそも女子高生たちが誘拐されたのはビーストへの生贄として捧げられるためでした。女性からのちょっとしたイタズラにも過敏に反応してしまうケビンが無意識下で望んでいることこそ強い男性性を得ること、すなわちマッチョイズムであり、この無意識下の願望を表出させ、「ビースト」になるために女子高生の肉を喰らい、女性を襲い続けるのです。
シャマラン史上最大の衝撃的ラスト!?
『アンブレイカブル』との共通点
映画のラスト、ある意味シャマラン映画史上最大の衝撃的な展開がありました。この映画は実はシャマラン監督作品『アンブレイカブル』と同じ世界であるということが、ブルース・ウィリス演じるデイヴィッド・ダンの登場によって明らかになります。
映画『アンブレイカブル』はデイヴィッドが無敵のヒーローになる話でしたが、ある時までそれに気づかず、イライジャ・プライスという男に教えてもらうまでは一般人でした。無意識下に眠っている本来の自分に気づき、超人的なパワーを手に入れる話という点で『スプリット』と『アンブレイカブル』は似ているかもしれません。
夢の対決!?ケビンVSミスター・グラス!
そして、この2作が衝突する映画『GLASS』をシャマランは現在撮影中との告知もありました。誰も予想していなかった、というか正直誰も期待していなかった夢の対決は2019年に公開予定です!
映画『スプリット』の個人的総評と感想
良かった点
- シャマラン的な要素はしっかり入りつつ、サスペンスとしてかなり良く出来ていました。
- 多重人格役のマカヴォイの怪演だけでなく、ケイシー役のアニヤ・テイラー=ジョイも繊細そうなのに芯もあって、でもどこか闇のある演技が素晴らしかったです。
- 解離性同一性障害についても考えさせられる作品でした。劇中のセリフにあるように、この症状は「進化」だと捉えることも出来るという点が面白かったです。
悪かった点
- 強いて言えば「ビースト」の人格が登場する場面はもっとシンプルに恐ろしく出来たのではと思います。ラスト付近が長く感じました。
100点満点中90点!
シャマラン映画の中でも万人にオススメしやすい映画でした。大満足です!
\口外禁止のトークセッション開催/
来日した #マカヴォイ & #シャマラン 監督が、ネタバレ全開のトークセッションに登場!▼イベントレポートはこちらhttps://t.co/uGKaugOdT6
※レポートにネタバレはありません。#映画スプリット pic.twitter.com/PkcgWp9WyN— 映画『スプリット』公式 (@Split_MovieJP) April 26, 2017