2016年公開の映画『10クローバーフィールド・レーン』は予告編などのイメージと全く違う内容が話題となりました。日本語版キャッチコピー「奴らはあらゆるフォームでやってくる」の意味を考えるために、フェミニズムの観点から今作を読み解いていきたいと思います。
記事の目次
『クローバーフィールド/HAKAISHA』の続編…?
『クローバーフィールド』シリーズとは?
10 クローバーフィールド・レーン [Blu-ray](出典:Amazon)
2007年夏、謎の映画の予告編が全米を驚かせた。NYのホームパーティをハンディカメラで撮影していると思しき映像だったが、NY全体が「何者か」からの襲撃を受ける。逃げ惑う彼らが目の当たりにしたのは、破壊された自由の女神の頭部だった…。
映画『クローバーフィールド/HAKAISHA』は予告編のインパクトと、徹底した情報規制によるプロモーションで人々の好奇心を煽り、有名俳優が全く出演していないにも関わらず大ヒットを記録しました。
そして今回取り上げる『10クローバーフィールド・レーン』は、公開前の時点では前作の続編と言われていました。しかし、実際に鑑賞して分かったことは、物語的には前作と全く関係がないことです。
「ハリウッドのホラ吹き男」J・J・エイブラムスに気をつけろ!
そもそも、前作と今作とのつながりを示唆していたのは、今作では製作を担当した『スター・ウォーズ フォースの覚醒』の監督、J・J・エイブラムスですが、この人は簡単に嘘をつくことで有名です。
スター・ウォーズの監督を引き受ける前、『スター・トレック』の監督を担当したエイブラムスは「僕はトレッキーだ」と発言するも(「トレッキー」とはスター・トレックの熱狂的なファンのことで、特にスター・ウォーズに敵対心を抱いていることで有名)、後にスター・ウォーズの監督を担当。更に「僕はどちらかと言うとスター・ウォーズのファンなんだ」という発言をして大バッシングを受けた過去があります。
彼はハリウッド随一のヒットメーカーですが、その発言は真に受けない方が良いでしょう。
2016年に公開された映画10 クローバーフィールド・レーン。
前作とは打って変わりサスペンスな感じになっているので、好みがわかれますが、内容につながりはないので、この作品だけでも楽しめますね。— 特撮大好き桜内梨子bot (@tokusatu_riko) May 9, 2017
『10クローバーフィールドレーン』って観たけど、あの『クローバーフィールド』と関係があるようなまったくないような、やっぱりまったくないような映画だったわ。JJエイブラムスの作る映画って、なんかほんとハッタリだけだよな。
— シロウ (@kata_shiro) May 5, 2017
SF映画と思いきや…緊迫のサスペンス!
SF+監禁!?新感覚サスペンス!
予告編だけ観てから鑑賞した人は違和感を覚えるかもしれません。今作の予告編やポスターのイメージでは、謎の地球外生命体が人類を襲ってきた、というような、よくありがちなSF映画の印象を受けますが、この映画ははっきり言って全編サスペンスになっています。
映画の冒頭、婚約者の元から逃げるようにして出て行ったミシェルが、交通事故に遭い、目を覚ますと密室に監禁されている状態でこの映画は始まります。謎の場所に主人公が閉じ込められるところから映画が始まるという点で、『ソウ』や『キューブ』など、一昔前の謎解き系映画のような雰囲気もあるのですが、今作が新しいのは主人公のミシェルが自力で自分に課せられている障害を解消していくところです。
アグレッシブな主人公ミシェルに注目!
主人公のミシェルは、点滴を吊るしてある竿を使って自分のスマホを取り戻したり、自身を監禁したハワードを襲うために松葉杖を尖らせたりなど、自分の道を切り開くためにありとあらゆる試行錯誤を行います。これまでのハリウッド映画においてありがちなヒロインは、主人公である男性の行動の動機になるような受動的な女性でしたが、今作はその真っ向から逆を行く女性の描き方になっています。
「10クローバーフィールド」観る。
交通事故から目覚めると、密室に閉じ込められてて・・という、ジャンルを知らずに観ることがキモ。
前作ファンには個人的にはオススメしにくいけど、「こういうことがしたかったんやな、分かるわー。」ってのはムッチャ伝わる映画でした。— 鋼村たすく (@haganemura) November 10, 2016
10クローバーフィールド・レーン(2016年・米)
ちょっとこのヒロイン、技術力と判断力スゴすぎね? 特に終盤のあの状況乗りきるってどんだけだよw
あと前作との共通点が全く見つけられなかったんですけどタイトルだけか?— 農民と (@nouminto) March 26, 2017
各シーンに垣間見える高度な演出力!
傷を縫うシーンの意味とは?
斬新な設定と新しいヒロイン像は提示されました。肝心なのは映画の中身ですが、今作の映画の演出はかなり丁寧に練り込まれている印象を受けます。具体的なシーンを取り上げて今作の演出力を見ていきましょう。
ミシェルは夕食中にハワードを攻撃してシェルターから逃げ出そうとするも、外の世界の被害者を見た彼女はシェルターの中で生活することを決意します。その後のミシェルとハワードが和解する場面ですが、ハワードがミシェルに目の上の傷を針で縫ってくれるようお願いします。このハワードの傷は、夕食時にミシェルが攻撃した時に出来た傷です。傷を縫うという行為には治療という表面的な意味だけでなく、ミシェルとハワードの関係に出来た亀裂を縫い合わせる、という意味も込められています。
また、先ほど攻撃してきた相手に針を渡すということも、ミシェルを完全に信頼していないと出来ることではありません。ハワードはミシェルを信頼して針を渡し、彼女もその信頼の証を受け取って傷を縫い、2人の関係は完全に修復された、ということを明確に表すシーンとなっています。また、ミシェルがハワードの娘のTシャツを着ているということも、2人の関係の変化を表しています。さりげない一連の演出ですが、3重にも意味が重なる見事なシーンです。
迫り来るハワードの恐怖演出!
演出の巧さはこれだけではありません。ミシェルはハワードとの関係を修復したものの、ハワードが実は地元の少女の誘拐犯であるという決定的な証拠を掴んでしまいます。それから彼女はエメットと協力して外に出ようとするのですが、この2人の行動をハワードが感づいているかもしれない、というスリリングな演出も見事でした。
例えば、3人で暇つぶしに連想ゲームをしているとき、エメットに答えさせるためのヒントとして、ハワードは「お前らをずっと見ている」というヒントを繰り返します。2人が逃げようと計画しているところを本当に見られているのではないかと、エメットは焦るも、ミシェルが「サンタクロース」と答えてそれは本当にヒントだったことが分かり安心します。この一連のハワードの圧力は凄まじいものがあり、観客でさえ「気づかれてしまったのか」と不安にさせる演出でした。
毒食わば皿までな気分で 10クローバーフィールド・レーン を観てみたら意外と面白かった。SFなラストでヒーロー目になるヒロインとそれに至るまでの過程を密室パニックで描きました・・・となかなか旨い纏め方だった。
— Megaminatsuki (@Megaminatsuki) May 8, 2017
『10 クローバーフィールド・レーン』かなりの良作。映画史上最速で火炎瓶を作る女、メアリー・エリザベス・ウィンステッドに惚れる。構造としては『ミスト』に近く現代的な展開なれど、演出はクラシックで大変好感が持てる。ラストの締め方も気持ちよい。
— Amin -stealth mode- (@drchickengeorge) December 7, 2016
フェミニズムの観点から今作を読み解く!
劇中に偏在するハワードの少女への執着心
連想ゲームの場面で言えば、ハワードが答える番で、エメットが『若草物語(原題:Little Women)』のヒントを教えるのですが、ハワードは「小さい」「娘」など、自身の性癖を無意識に口に出してしまっているのが笑えます。今作中には、彼の少女に対する執着心が具体的に現れてしまっているものが偏在しています。
映画の予告編でも流れていた「I Think We’re Alone Now」がシェルター内の無機質な生活に彩を与えます。無邪気な恋愛の一幕を歌った曲なのですが、サビの歌詞に注目してみましょう。「僕たち2人きりだね 周りには誰もいないみたいだよ 私たち2人きりなのね 2人の胸の鼓動が1つに聞こえるね」。ハワードが誘拐した女の子にこの曲を聴かせていたのかと思うと鳥肌が立ちます。また、後の展開でミシェルとハワードが2人きりになる場面でも、ハワードはこの歌詞と似たようなことを口にします。
シェルターに置いてあるボードゲームが「モノポリー」のみであることも納得できます。「モノポリー」とは「独占」という意味です。ハワードの少女に対する支配欲を表しています。
劇中、ハワードが鑑賞しているのは『プリティ・イン・ピンク』という映画ですが、この映画の主人公の女の子は父親と2人暮しをしている、という設定であり、ハワードが憧れる設定であることは言うまでもありません。
防護服を作るシーンの裏の意味とは?
この『プリティ・イン・ピンク』に関して、主人公の女の子がプロムに行くために自分でピンク色のドレスを作るという展開がありますが、この行動はミシェルと重なります。しかし、ミシェルが作るのはドレスではなく防護服。外の世界のウイルスに感染しないためです。
元々ミシェルは服飾系の仕事をしていましたが、女性のファッションの歴史は女性の権利の拡大と切っても切れない関係にあります。今日では当たり前なミニスカートは、1960年代のアメリカの「成熟された女性」という理想に対するカウンターとして提示されたもので、同時期のウーマン・リブにおける新しい女性の生き方と合致するものでした。
ミシェルは過去の女性たちがファッションによって自分の権利を表現したことと同様に、外の世界で生きられる権利を得るために防護服を作り上げるのです。
「あらゆるフォームでやってくる」の意味とは?
今作の日本語版キャッチコピーは「奴らはあらゆるフォームでやってくる」でしたが、宇宙人はラストの数分間しか出てきません。ここで言う「奴ら」とは、ミシェルの人生を制限してくる「外圧」そのものです。この映画のストーリーは現代における女性の生き方を暗喩しています。
婚約者との安定した生活から出て行ったミシェルは、シェルター内での、ハワードを絶対的な父親とする家父長制度に入るか、過酷な外の現実で生きていくかの選択を迫られます。家父長制度は昔の映画であれば古き良き伝統として描かれてしまいがちですが、フェミニズムの観点からすれば、それは女性の権利を奪う悪しき風習です。そして現代的で強い意思を持った女性であるミシェルは、一人で外の世界へ出ることを決意するのです。
「10クローバーフィールドレーン」鑑賞。この状況はクローバーフィールドのあの怪獣?かと思いきやシチュエーションスリラー!サイコパスものでしたか…かと思いきや、ラスト30分でまたそっちかいっ!て二度美味しい映画。火炎瓶最強。急に髭剃るジョングッドマン最高。
— コビトロック (@kobito69) April 22, 2017
Amazonプライムで10クローバーフィールド・レーンを観た。シェルターパートいつまでやってるんだと思い始めた頃に急展開するから話的には良い塩梅。ラスト20分位はちゃんとSFやってくれたから最終的に面白かったという感想。
— 19mon (@55_ikumon) April 22, 2017
次回作がラスト!?映画『ゴッド・パーティクル(仮題)』
『クローバーフィールド』シリーズは全3部作ということでしたが、J・J・エイブラムスがプロデュースする『ゴッド・パーティクル(仮題)』が実は『クローバーフィールド』シリーズの最新作であることが発表されました!全米公開が2017年秋ですので、日本公開は2018年になる予定です。
果たして一連の宇宙人の正体は明らかになるのか!?最新の情報も気になりますが、J・J・エイブラムスの嘘には気をつけましょう。