ゴジラに込められたメッセージとは!?映画『シン・ゴジラ』を徹底解説【前編】

2016年公開されて大ヒットを記録した映画『シン・ゴジラ』。怪獣映画でありながら何故ここまでヒットしたのでしょうか?1954年公開の初代『ゴジラ』との比較や、これまでゴジラが辿ってきた歴史を振り返りながら、今作がヒットした理由と、作品に込められたメッセージを解説していきます。

「震災以降」の現代に蘇った怪獣ゴジラ

『シンゴジラ』は2016年を代表する傑作!


出典:ゴジラ公式Twitter

2016年の夏、日本を代表する怪獣が見事復活を果たしました。映画『シン・ゴジラ』は怪獣映画というジャンルでありながら、2016年の邦画実写映画の興行収入成績1位を記録する大ヒット作品になりました。怪獣映画というジャンル映画にも関わらず、一般的な観客層からも受け入れられた結果です。

「震災以降」の日本の描き方

今作が現代の日本人に受け入れられた理由としては、「震災以降」の日本というものをはっきりと意識させる作りになっていた点が挙げられます。ゴジラが初めて出現した時の政府の対応は、震災時の現実のそれを思い出させる場面やセリフが連発し、初上陸の際には津波に呑まれそうになる人や、倒壊する建物に取り残される家族など、震災時の生々しい記憶が蘇るような演出になっています。

また、ゴジラによる放射能汚染や、アメリカとの関係など、震災後の日本人が思い出したくなかったこと、恐れていることを徹底的にストーリーに詰め込んだ、まさに「震災後」の日本人の恐怖を映し出していると言えるでしょう。それは初代『ゴジラ』が公開当時の「戦争後」の日本人の恐怖を映し出していたことと一致します。

そもそも「ゴジラ」とは何なのか?

ゴジラ=核兵器


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一般的に言われていることですが、ゴジラとは核兵器のメタファーです。初代『ゴジラ』の公開は1954年、終戦からまだ10年も経っていない戦争の記憶が生々しく残っている時代に作られました。当時の日本人が内心最も恐れていた事は、再び日本に核兵器が落とされるということでした。

この日本人の無意識下にある「核への恐怖」を呼び起こすために、「ゴジラは核兵器によって誕生した怪獣」という設定を盛り込んだことで、初代『ゴジラ』は当時の日本人の恐怖の対象となり、映画は大ヒットし東宝のシンボル的な存在になりました。

ゴジラとは時代を映し出す怪獣

初代『ゴジラ』は、国内はもとよりアメリカでも大ヒット。たちまち日本を代表する怪獣となり、以降シリーズ化されていきます。シリーズ3作目は『キングコング対ゴジラ』。日米を代表する怪獣の対決が行われたのは1962年で、日米の新安保条約が結ばれてから2年後。戦争では完膚なきまでに打ちのめされた日本が、怪獣対決ではアメリカと互角に渡り合っていることに、戦後の日本の復活を感じた日本人も多かったかと思います。

しかし、シリーズ化したゴジラは次第に観客に飽きられるようになり、公開するたびに観客動員数は前作を下回っていくことになります。以後、シリーズ再開と休止を繰り返しながら、ゴジラシリーズは28作まで作られるものの、初代『ゴジラ』のような衝撃的な作品を生み出すことは出来ませんでした。

シリーズ化の中でゴジラはヒーロー的に描かれていき、子供が親しみやすい風貌になっていきます。これは、戦争の記憶が人々から薄れ、日本人の無意識下の「核への恐怖」が無くなっていったことと一致します。そして、原子力発電が日本のエネルギー供給を支え始めるようになると、ゴジラはいつの間にか正義のヒーローとして描かれるようになったのです。

『シン・ゴジラ』は再び恐怖の対象へ

そして、長い休止期間を経て製作された『シン・ゴジラ』は、福島原発事故を経験した「震災後」の日本人が再び無意識下に抱いてしまった「核への恐怖」を呼び起こすことに見事に成功しています。我々が恐ろしさを再認識した原子力というものと、ゴジラのイメージがピッタリ一致するように、今回のゴジラの造形には子供が親しむ余地がないほどに恐ろしい怪獣として表現されています。

このように『シン・ゴジラ』は初代『ゴジラ』と同じ構造で作られていると言えます。しかし、ラストの最終的な着地は正反対と言っていいでしょう。この2作のラストを比較する前に、初代『ゴジラ』のラストを簡単に振り返ってみます。

初代『ゴジラ』のラストの意味

最終兵器「オキシジェン・デストロイヤー」とは?

初代『ゴジラ』では、ゴジラを倒すために「オキシジェン・デストロイヤー」なる兵器が用いられますが、これは核兵器をも上回る威力を持った兵器です。戦時中の日本では、科学者の研究は全て兵器開発に向けられており、密かに核兵器の開発も進められていました。

戦争での経験を引きずっているという設定の芹沢博士の研究が、戦時中の研究を表しているとするならば、オキシジェン・デストロイヤーとは日本がもしかしたら持つかもしれなかった核兵器、を意味していると言えます。

現代にも通じる皮肉的なラスト

オキシジェン・デストロイヤーは水中に投下され、芹沢博士とゴジラ共々消し去ります。これは核兵器のメタファーであるゴジラを倒すためには、同じく核兵器のメタファーのオキシジェン・デストロイヤーを用いるしかないという、皮肉的な意味が込められており、戦後以降の東西冷戦における核抑止論を完璧に予言しています。

そして冷戦が終わった現在まで、核兵器は地球上から無くなることはありませんでした。現在の世界を予感してか、初代『ゴジラ』はどこか後味の悪い終わり方になっています。

『シン・ゴジラ』が伝えたいメッセージとは?

ゴジラの倒し方に見る戦後日本の成長


出典:ゴジラ公式Twitter

一方、『シン・ゴジラ』のラストはどうでしょうか?今回のゴジラを倒すもの(インフラ)は初代『ゴジラ』公開時には日本が持ち得なかったものでした。まず登場するのが戦後日本の成長の象徴とも言うべき新幹線に爆弾を搭載させた「無人新幹線爆弾」でゴジラを目覚めさせます。続いて米軍の無人戦闘機による攻撃。これは戦後以降の日米関係が無ければ実現し得なかったでしょう。

次はアメリカ海軍の駆逐艦ヒューイからのミサイルによって、ゴジラの周囲の高層ビルを破壊し、動きを封じ込めるというもの。初代『ゴジラ』の時にはゴジラよりも高いビルはありませんでした。そして特殊建機中隊による凝固剤注入。これは日本の技術力の高さを示しています。最後に観客誰もが驚いた「無人在来線爆弾」。電車は日本を代表するインフラですが、これまでゴジラに散々弄ばれてきた存在であり、これまでの恨みを晴らしてくれた、という感想も多いようです。

このように『シン・ゴジラ』では、初代『ゴジラ』の時には無かった「日本らしさ」を用いることで、核兵器を用いずともゴジラを倒すことが出来るようになったという、戦後の日本の成長が浮かび上がってくるラストになっているのです。

映画の前半では日本人の恐怖を利用した演出だったのが、ラストのヤシオリ作戦では日本の長所を利用することでゴジラに勝つという演出になり、観客が高揚しやすい展開になっているために、ここまでの大ヒットにつながったと考えられます。

福島の作業員への思い

ヤシオリ作戦の実行の直前、矢口が作業員達に対して演説するシーンが印象的です。彼らは放射能汚染対策として白の作業服を身につけていますが、これはどう見ても現実の福島原発事故を沈静化させる現場作業員の姿と重なります。

今尚、福島の現場で働く作業員の名誉を讃えるとともに、事故に巻き込まれて死んでいった彼らを弔うためのシーンです。

ゴジラを保有する国「日本」

ヤシオリ作戦の結果、ゴジラを沈静化させることに成功しますが、ゴジラが再び暴走する可能性も捨てきれません。しかし、ゴジラは放射能汚染の無い新しい核エネルギーを人類にもたらす存在でもありました。

ゴジラは人類にとって破壊者でもあり、福音でもある、これは今尚日本各地に存在する原子力発電所のメタファーになっています。

映画は矢口の「この国にはまだやらなければならないことがある」というセリフで終わりますが、これは我々日本人に対して、原子力発電所をどうするか真剣に考えなければならない、ということを問いかけているのです。

エンドロールの直前、ゴジラの尻尾に人間と思しき形の生物の姿が見え、最後の最後に大きな謎を残したままこの映画は終わります。解説の後編では、この尻尾の謎と絡めて、今回のゴジラは一体何者だったのかを考察していきます。

牧元教授のヒントからゴジラの正体を考察!映画『シン・ゴジラ』徹底解説【後編】」

2017.05.07