堀越二郎の声優はなぜ庵野秀明なのか?映画『風立ちぬ』を解説【後編】

『風立ちぬ』公開時最も話題となったのが、主役の声を庵野秀明が担当したということでした。なぜこのようなキャスティングになったのか、他のキャラクターの声優も紹介とともに解説していきます。ぜひ劇中の数々のシーンを思い出しながら読んでみてください。

『風立ちぬ』声優陣紹介

「タレント声優」のキャスティングが多いジブリアニメ


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普通、アニメのキャラクターの声は「声のプロ」である声優が担当するのが一般的だと考えられています。しかし、ジブリアニメに多いのは声優ではない有名人、いわゆる「タレント声優」の起用です。

有名なところで言うと、『となりのトトロ』のお父さん役にコピーライターの糸井重里、『もののけ姫』のモロ役と『ハウルの動く城』の荒地の魔女役に歌手・俳優の美輪明宏、同じく『ハウルの動く城』のハウル役にアイドルの木村拓哉、『千と千尋の神隠し』の湯婆婆・銭婆に女優の夏木マリなど、多様な有名人をキャスティングしてきました。

『風立ちぬ』の声優陣も主要キャラクターはほぼ「タレント声優」です。それでは主要キャラクターの担当を見ていきましょう。

瀧本美織(里見菜穂子役)


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オーディションでヒロイン役を勝ち取ったと言われていますが、ヒロインの声優探しが難航していた際に、高畑勲が彼女を推薦した時点で、宮崎駿の中では彼女でほぼ決まっていました。オーディションでセリフを読んだ後、宮崎駿が「オッケー、これからよろしく」と即決したので、彼女は嬉しくて泣いてしまったそうです。

劇中の菜穂子は繊細でありながらも、しっかりとした芯のある女性でしたが、彼女の声の力によって菜穂子の実在感がより増していることは間違いありません。収録を終えた後、宮崎駿は「美織さんと出会えて本当に運が良かった」と言っていたそうです。

西島秀俊(本庄役)


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今作における「イケメン担当」、本庄役を演じたのは俳優の西島秀俊。イケメンでありながらもどこか無機質な雰囲気もある役者ですが、飛行機作りに対して熱い情熱を持っている本庄を見事に演じていました。

スティーブン・アルパート(カストルプ役)

ジブリアニメの声を俳優が担当することはよくありますが、謎のスパイ・カストルプ役に至っては完全に素人のスティーブン・アルパートが担当しました。彼はかつてスタジオジブリ海外事業部取締役を務め、ジブリ作品を海外に広めることに尽力した人物です。宮崎駿が海外に行く際には必ず同行し、いつしか2人の間には深い絆ができたそうです。

2011年に彼がジブリを退社する際に、宮崎駿は彼の似顔絵を描こうとしたのですが、完成が間に合わず、似顔絵を受け取ることなく彼は帰国してしまいます。当時果たせなかった約束を、今作中の「カストルプ」というキャラクターで登場させることによって果たし、声もアルパート本人が担当しました。

劇中でもカストルプは軽井沢で二郎と親しくなりながらも、唐突に彼の元を去っていきます。

野村萬斎(カプローニ役)

狂言師としてのみならず、俳優としても評価の高い野村萬斎が演じるのは、物語の鍵となる人物カプローニ。前回の解説で「カプローニはメフィストフェレス(悪魔)」と書きましたが、飛行機作りの素晴らしさを二郎に吹き込むように、高揚感に満ちた声でカプローニの悪魔性を表現していました。

野村萬斎は、2010年に蜷川幸雄演出の舞台『ファウストの悲劇』で主演のファウスト博士を演じており、メフィストフェレスに対する理解があった上でのキャスティングのようにも考えられます。

野村萬斎と言えば、昨年は『シン・ゴジラ』でのモーションアクターとしてのゴジラの演技が話題になりました。陰陽師に悪魔に怪獣と、人ならざるものの役が多い気が…。

堀越二郎役はなぜ庵野秀明なのか?

庵野秀明(堀越二郎役)

劇中、もっとも謎だったのは主人公の声を庵野秀明が演じているということではないでしょうか。実際、筆者も初見時にはこのキャスティングがノイズになって映画の内容が頭に入ってこなかったです。なぜ声優としての演技経験が全くない庵野秀明がキャスティングされたのでしょうか?

庵野秀明=宮崎駿=堀越二郎

『新世紀エヴァンゲリオン』や、昨年の『シン・ゴジラ』などが有名な庵野秀明ですが、宮崎駿とのつながりは『風の谷のナウシカ』まで遡ります。『ナウシカ』の原画担当として採用された庵野は宮崎駿からの評価も高く、ラストの巨神兵のシーンを担当しました。

以降、お互いを批判し合うなど不仲とされる時期もありましたが、『劇場版エヴァ』の製作で悩んでいる庵野に直接電話するなど、宮崎駿は常に庵野秀明のことを心配しており、師匠と弟子の関係であると言えます。

宮崎駿の弟子が主人公の声を担当する、これはつまり主人公は宮崎駿本人であると言うことが出来ます。

飛行機の作図の場面

宮崎駿が堀越二郎に自身を投影している場面が今作中いくつもあります。二郎は三菱に入社して初めての仕事で飛行機のパーツを考えているうちに自分の頭の中に飛行機が飛んでいきます。これはまさに「アニメーション」が生まれる瞬間です。

また、飛行機のデザインを作図している姿は、アニメーターが仕事をしている姿とも重なります。今作は、堀越二郎が飛行機を設計している姿を通して、宮崎駿自身がアニメを制作している姿を映し出しているのです。

「怪物」としての宮崎駿

シベリアをあげるシーン

劇中の謎のシーンとして、二郎が「シベリア」というカステラのようなお菓子を貧しい子供にあげようとするも断られる場面があります。これはこの映画のみを観ただけでは理解できない場面ですが、宮崎アニメにはこの場面に似たシーンがいくつも登場します。男性(男性的な人物、怪物)が少女に何かをあげようと差し出すも断られる、と言い直すと思い出しやすいかもしれませんが、『千と千尋の神隠し』でカオナシがお金をあげようとするも千尋に断られるシーンと構図は全く一緒です。

少女に断られないパターンとしては、トトロがサツキとメイにドングリの包みをあげるシーンや、『天空の城ラピュタ』のロボット兵がシータに花を摘むシーン、ジブリに限らずとも『ルパン三世 カリオストロの城』でルパンが手品を使ってクラリスに花を渡すシーンも同じ構図と言えるでしょう。これらに共通していることは、渡す側の人物(怪物)は恐らく宮崎駿自身が投影されている者であるということです。

主題歌「ひこうき雲」の意味


ひこうき雲(出典:Amazon)

宮崎駿は常に自身のことは、世間一般の人々からは理解され得ない者として意識しています。『風立ちぬ』も世間一般からは理解されにくい堀越二郎の生涯という物語を通して、自身がこれまで行ってきたことを描きたかったのでしょう。

主題歌である松任谷由実の『ひこうき雲』の歌詞がそれを表しています。「空を見ていたのに 今はわからない ほかの人には わからない」。世間一般の人々から高い評価を受けているにも関わらず、評価されればされるほど、自分の心の中を理解してくれる人はいなくなっていく、という宮崎駿の本心が現れている様に考えられます。

では、宮崎駿の本心とはどのようなものなのでしょうか?

矛盾を抱えた宮崎作品

宮崎駿はアニメが嫌い!?


プロフェッショナル仕事の流儀 特別編 宮崎駿の仕事(出典:Amazon)

「ジャパニメーション」という言葉が生まれたように、現在の日本とアニメは切っても切れない関係になっています。この日本アニメの隆盛に最も影響を与えたのは宮崎駿と言っても過言ではありません。しかし、宮崎駿本人はアニメが流行しているこの現状をあまり好ましく感じていないように見受けられます。実は彼は様々なインタビューなどで「アニメやゲームなどの非現実的なものは人間をダメにする」と言っているのです。

アニメ産業が大きくなるきっかけを作っておきながら、アニメに対して否定的なことを言っているのは、ある意味無責任と言われることかもしれません。しかし、この矛盾こそが宮崎駿がこの『風立ちぬ』の中で描きたかったことなのです。戦争は嫌いだが飛行機は大好き、という堀越二郎と、アニメは人間をダメにすると思うが、アニメを作ることは大好き、という宮崎駿が今ここにイコールで結ばれるのです。

「共に生きることは出来る」

ジブリアニメのように多くの観客が鑑賞する映画は常に「これは何がテーマの映画か」「この監督のメッセージは何か」など分かりやすい答えを求められます。しかし、『風立ちぬ』はそのような答えを示しません。あるのは一つの矛盾した感情です。

これまでの宮崎作品はこの矛盾が常に描かれています。『もののけ姫』では自然と人間の戦いに苦悩しますが、最後に共に生きることを選択します。これはまさに宮崎駿の思想そのものです。「戦争は嫌いだが飛行機は好き。それで良いじゃないか」。『風立ちぬ』は自身の矛盾した心それ自体を肯定するという壮大なテーマの作品なのです。

先日、宮崎駿が新作の制作をスタートさせていることが明らかになりました。恐らく彼の矛盾した心の中にまた1つ新しい「風」が立ったのでしょう。どのような作品になるかは全く想像が出来ませんが、また新しい宮崎駿を見せてくれるに違いありません。

謎の多いジブリ映画『風立ちぬ』を『ファウスト』から読み解いて考察【前編】

2017.04.15